私の隣のあなた
私が、何とか選んだ服の包みを持ってエスカレーターを下ってきたとき、あなたは男性向け下着売り場にいた。女性向けくらい華やかな彩りの売り場。もうそのフロアを見て回ることはなくなったとはいえ、何となく視線は向いていた。
ふと顔を上げたあなたと目が合ったとき、私はどんな顔をあなたに見せていましたか?
そのあと、あなたが声をかけるほど、物欲しそうな顔をしていましたか?
紅潮した顔?赤面した顔?今思い出しても恥ずかしい一瞬。
(このエスカレータ、なんて遅いの……)
駅のエスカレータのように段を降りるのも意識しているようでバツが悪い。無理に視線を遠くに向けながら顔が強張っていたに違いない。
せっかく訪れたのだからと、地下の食品売り場まで降りていった。さまざまないい匂いが立ち込める。空いていないお腹も欲求を表すようにググッと鳴った。家に戻っても作るのは面倒と思い、買って帰ることにした。どれもが気持ちを引っ張る。入る胃袋がどれくらいかなど考えるのを忘れて陳列ケースに見惚れている。
「あのぉ」
知り合いなどいない。私はその声が自分に掛けられたものだとは思わなかった。
「あの、すみません」
その人の邪魔にならないようにと斜め後ろに気を向けながら陳列ケースを覗く場所をずらした。
ちらりと私は視線を向けた。あなただった。私はまた赤面していなかっただろうか?
「あの、急に声を掛けてすみません」
「はい、私に何か?」
「こんなところでなんですが、お時間ありますか?お茶でもどうかと」
「え!?」
この最後の言葉を発してから私の記憶装置が作動していないように覚えていない。
無我夢中。たぶんこの四文字熟語の使い方は間違っているが、そのときの私を表すのには一番わかり易いかと思う。
(私は何処に居るの?何をしてるの?私の気持ちが私の中から抜け出していくよう。夢の中?夢じゃない……)こんな感じだった。
買い物などする必要がなくなった。
私は、あなたと食事をし、語らった。その時間を楽しいと感じていたことだけは確かな記憶だ。
また会うことを約束して帰った私たちは、また翌日には会っていた。