勇者と少女
しとしとと雨が降り出してきた。遠く小さくなった少女は、それでも俺を見送ってくれている。霧雨でけぶる木立の中、朽ちかけた家の前で、少女の被っていた橙色のスカーフが靡く。
俺は少女に背を向けた。そして二度と、振り向くことはなかった。
この土地が元に戻ると、なんの迷いもなく言えるあの少女のように、前を向き、顔を上げて歩こう。
まだ、地球がだめになると決まったわけじゃない。未来はわからない。
そう、百年後には、この宇宙中で一番綺麗な星だと誰もが讃えているかもしれない。
そのために俺は、俺が出来ることをする。
「勇者は悪いまおうを倒して、せかいを平和にみちびきました」
小さい頃、俺は絵本が好きだった。
童話、SF、ファンタジー…とりわけ、俺は勇者に憧れた。
悪を倒す勇者。地球を救う勇者。
俺はもう、迷わない。
何があっても、決してもう迷わないことを、誓う。
それでも弱い俺が、迷いそうになったら、この木立を思いだそう。俺の守るべき、心優しい少女を。橙色のスカーフを。
確かにここは、世界中で一番綺麗なところなのかも、しれない。