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コスモス

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 一匹の野獣と化したKは女の背中に食らいついた。その瞬間である、ボコッと鈍い音がしてKが呻いた。女の肘鉄がみぞおちにヒットしたのである。蹲るKに今度はバシッ!女の強烈な蹴りが股間に入った。ウーッと転がり悶絶するK。さあ来いと構える女。コキコキと指を鳴らしている。ダウン寸前で立ち上がったKが雄叫びを上げた。
「このカンフー女め!」
 逆上したKは机をひっくり返し、椅子を振りかざした、その時である。錦繍の袋が転げ落ち、ガシャンと音がして白い破片が飛び散った。その瞬間、カンフー女はワーと叫んで泣き崩れた。
「何て!何てことをするの!ヤメて~ヤメて~」
 必死に白い破片をかき集める女。泣き崩れる女にカンフー女の面影はない。椅子を振りかざしたまま呆気にとられるK。
「ゴメンね、お父さん!お父さん、ゴメンね!」
「お父さん??」キョロキョロ辺りを見回すK。
 女は散らばった破片を錦繍袋に戻しながら叫んだ。
「分からないの!・・これ、お父さんよ!・・お父さんの骨よ!」
「お父さんの骨??」
 狼狽えるKに泣きじゃぐりながら言った。
「お父さんが亡くなったの・・お父さんの願いで故郷に散骨してるの。」
「お父さんが亡くなった?・・サンコツ?」
 しゃがんだ女のむき出しの肩が震えている。Kから欲望も怒りも消え失せた。
 サンコツ・・いつだったか、母がそんな言葉を口走ったことがある。サンコツは散骨と書くのだ。亡くなった人の骨を海や山に散らすこと。女は亡くなった父の骨を故郷に撒こうとしている。散骨の意味が分かったKは、泣きじゃくる女に土下座した。
「ゴメン!悪かった!・・お父さんの散骨を手伝うよ!」



 前夜のバトルが二人の距離を一気に縮めた。
 翌朝、Kは女の案内でS町に向かった。女の名はミユキ、ミキと呼んでと言って助手席に座ると、前日とは打って変わってアレコレ語った。
 S町は北前船が出入りした古い港町で、川を挟んで東側が漁師町、西側が商人町になっている。商人町には昔栄えた名残りの日本家屋の町並みが残っているが、今は年寄りばかりで空き家も多く荒れるに任せてある。ミキが行きたいと言ったのは、そんな商人町の一角、昔住んでいた実家と思い出の城跡である。
 実家に向かう車中で、ミキはこの町に住んだ経緯を語った。
「私が小学五年の時、お父さんが商売に失敗して、お婆ちゃんのいるこの町に逃げてきたの。夜逃げ同然だったから、取り立てが来るんじゃないかといつもビクビクしてた。両親がよく喧嘩したし、男子に虐められたし、友達も出来なかったから、この町に良い思い出はないの。・・それでも、婆ちゃんと猫のミーのことは忘れられへん。」
 昔のことを語るミキの口調が自然と関西弁になっていく。お婆ちゃんのことをしんみり語った。
「・・お婆ちゃんとは会えず終いになったけど・・温和しいと言うか、逆らわんと言うか、何も言わん人やった。お父さんが家を処分するときも、お母さんが家出したときも、何も言わなんだ。物事はなるようにしかならへんと諦めてたんかも知れん。そやけど、両親が険悪になるとよく外へ連れ出してくれた。船を見に港へ行ったり、汽車を見に駅へ行ったり、お寺へも行ったし、お宮さんへも行った。オカネがないのに小遣いを呉れたし、ほんまに無欲なお婆ちゃんやった。・・男子に虐められてると聞いて、お寺の少林寺教室に通わせてくれたのもお婆ちゃんや。少林寺拳法は高校でも続けたから、私のベースになっている。今の私はお婆ちゃんのおかげなんや。」
 嬉しそうに猫のミーのことを語った。
「ミーは野良の三毛猫やったから、私がそない名付けた。用心深い猫でなかなか人を寄せ付けなんだ。餌が欲しくてもニャ~ンと泣くだけ。それが私が餌をやるようになってから変わった。私を見つけると遠くからでもニャ~ンと啼いて駆け寄って来る。足元にまとわりつくし、ゴロンと転んで甘えるし、友達のいない私の良い相手で、笹竹でジャラしたり、隠れん坊したり、膝に置いて寝かしたり、よう遊んだもんや。それが・・」
 突然、ミキが声を詰まらせた。ハンケチを取りだし、溢れる涙を拭っている。
「・・それが、私が町を出て行くときに・・ニャ~ニャ~追いかけて・・なかなか離れようとせんで・・」
 後は言葉にならなかった。ヒクヒクしゃくり上げながら泣いていた。
 町の中央を流れる川を渡ったとき、Kはここを通ったのを思い出した。
「昨日この川を渡った。俺の母方の墓はたしかこの上や。」
 そう呟いた時、泣いていたミキが突然指さした。
「そこ!そこの酒屋を曲がって・・少し行ったら、私らが住んでたところや。」
 Kは慌ててハンドルを切り、スピードを落として進んだ。ミキが止めてと言ったのは、町家通りのガランとした空き地である。黒いアスファルトの駐車場に車が数台止まっている。ポツンと自販機があり、空き缶が転がっている。ミキは食い入るように見つめているが、誰かが住んでいた痕跡は微塵もない。軒端で婆さんがジッとこちらを観察している。
「・・何もない・・もうエエわ。」
 Kは車をゆっくり発進させた。ミキはじっと手を合わせていた。



 駐車場から思い出の城跡まではすぐだった。
 城跡と言っても、山城の遺構で城らしい建造物は無い。車を止めると二人は高台に上がっていった。高台は葉桜の生い茂る寂れた広場で、ポッカリ開けた前面に日本海が光っている。
 突然、ミキが歓声を挙げて走り出した。柵のところにお花畑が広がっていて、赤や白やピンクの花が咲き乱れている。そこに飛び込んだミキが叫んだ。
「コスモスや!コスモスが咲いている!こんなに一杯咲いている!」
 群生するコスモスをかき分けながら色とりどりの花びらをすくっている。コスモスと戯れながらミキは誇らしげに言った。
「・・この花、お父さんが種を播いたんよ。町を離れるときに、お前はコスモスみたいや、コスモスみたいに生きろ言うて、ここの花壇に種を播いたの。それがこんなに大きなコスモス畑になるなんて・・お父さんが生きていたらどんなに喜ぶやろ。」
 腰までコスモス畑に浸かりながら、ミキは花をすくったり、頬を寄せたり、匂いを嗅いだり、水と戯れる子供のようである。Kは無邪気にはしゃぐミキにカメラを向けた。
 逃げながらポーズをとるミキ、追いかけながらシャッターを押すK。揺れ惑う白やピンクや赤の花々。ミキはキャキャとはしゃぎ、Kはウオーと追いかけた。
 どれくらい遊んでいただろうか。息切れしたミキがベンチに座り、一服しようとKも隣に腰掛けた。ひとしきり呼吸を整えると、ミキは語った。
「一五、六年前かな。お父さんはここに座ってこんなことを言ったの・・」
 以下、ミキの父の語りを再現してみる。
作品名:コスモス 作家名:カンノ