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コスモス

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 夕陽に向かって歩く女は、燃えたぎるマグマに飲み込まれていくようである。姿がマッチ棒のようになっても、大きく伸びた影が歩いていく。Kはシートを倒すと、満天の夕焼けを眺めた。
 茜色の空が刻一刻と変化していく。水平線のオレンジ色が上空に行くにつれ、朱色、ライトブルー、群青と変化していく。大きな鰯雲が群青の天空目がけて渦巻いている。それは銀鱗を燦めかせながら浮上する巨大な魚群を思わせた。
 ふと、母の言葉を思い出した。
「弟の葬式は夕焼けのスライドが流れとった。」
 Kは叔父さんがどんな生涯を送ったのか知らない。商売で浮き沈みの激しい人生だったと聞いている。なぜ、夕焼けで人生を締め括ろうと思ったのだろう。
 夕焼けは一日の終わりであるが、今日のように鮮やかに燃えるとは限らない。どんより雲っていたり、雨が降っていたり、激しく吹雪く時もある。むしろ鮮やかな夕焼けは珍しい。だから、人々はドラマチックな夕焼けに憧れるのだろう。
 それに・・とKは思った。夕焼けは一日の終わりであって、太陽の終わりではない。太陽は日没後も地球の裏側で燃え続ける。夕焼けは太陽が大気圏で起こす現象の一つではないか。雲や雨、風や嵐、台風などと同じ大気現象なのである。
 地球上の生命はすべて太陽の現象であると言える。太陽と水があって地球上に生命が誕生し、億兆の生物が活動している。と言うことは、生物や人間は夕焼けや雲と同じく太陽の現象に過ぎないのではないか。
「・・人間が現象やとしたら俺は雲やな。・・あの雲みたいに、何かの拍子に生まれ、フワフワ漂い、知らん間に消えていく。」
 漠然とそんなことを思っていると、女が小走りで帰ってきた。陽が落ちて風が出てきたようである。
「待たせてご免なさい。・・素晴らしかったわ。」
 車に飛び込むと寒そうに腕をさすった。
「夕陽が好きなんですね。」
 女はカーデガンを羽織ろうとしている。
「・・別に、お父さんのために見てきたの。」
「お父さんのために?」
 それに応えず、女は尋ねた。
「冷えたわ。・・どこか暖かいところないかしら?」
「暖かいところって?」
「潮風でベタベタしてるし、温かいシャワーを浴びたいの。」
「シャワーね~こんな田舎にあるかな・・」
 シャワー付の宿はS町に戻ればあるかも知れない。小一時間かかるだろうか。
「S町まで行けばあるかも知れませんね。」
 返事がない。振り向くと女は何やら思案顔である。
「・・S町?・・明日行くつもりよ、助かるわ。」
 Kはとっぷり陽の落ちた国道を走った。闇に浸された田園は夜の海のようである。点々と漁り火のように集落の灯りが点在する。擦れ違う車も少なく、時折潮騒が聞こえてくる。
 疲れているのだろう、女がコックリコックリ船をこぎ始めた。長い睫毛、上品な唇、黒髪のかかる白い頬。少女のあどけなさが残っている。突如、Kにムラムラと欲望が生じた。
 シャワーだけの施設などあるはずがない。どこかのホテルに泊まってシャワーを浴びるしかないだろう。彼女が泊まって、俺はどうする?・・一緒に泊まるしかないだろう。・・見知らぬ男女が同宿する??・・ダメでもともとだ!ダメなら車中で寝ればよい!
 Kは国道沿いのモーテルに入ろうと決心した。



 どれくらい漆黒の国道を走っただろうか。
 峠のトンネルを抜けたとき、突然、電飾で飾られた洋風建物が飛び込んできた。夜の田園に浮かぶ満艦飾のモーテルである。点滅する安っぽいアーチを潜ると、車はバリバリと砂利を弾いた。入口に自販機がズラリと並んでいる。Kは女を起こした。
「温かいシャワーですよ。」
 どんな反応をするだろうか。Kはミラー越しに女の様子を観察した。
 欠伸をしながら起き上がると、そのままウン??と外を眺めている。拒否反応を起こす風でなくゆっくり車を降りた。大きく背筋を伸ばし一呼吸入れてから、女はマッいいか!という感じで歩き出した。アレッ?驚いて追いかけるK。カップ麺の自販機で立ち止まった女はニコッと微笑んだ。
「・・奢るわ。どれがお好み?」
 意外な展開に動転しながらKは尋ねた。
「ここで・・ここで良いんですか?」
 ハア?と柳眉を寄せる女。
「泊まるんでしょ・・どれがいいの?」
 女が自販機に紙幣を入れ、慌ててKがボタンを押し、ガタッ、ガタッとカップ麺が転がった。女は悠然とモーテルに入っていった。
 部屋は一階の廊下の突き当たりにあった。
 入ってすぐがキッチンと浴室、奧がアジアンテイストのゆったりしたリビングで、二ツのベッドとテーブルセット、タンスや調度品が置いてある。
 女と泊まると思わなかったKは落ち着かず、調度品を触ったり、チャンネルを弄ったりしていたが、女はキッチンで手際よくカップ麺を用意した。
「出来たわよ・・お腹ペコペコ!」
 恐縮してカップ麺を頂くK、旨そうに麺をすする女。Kは取りあえず名刺を差し出した。
「初めまして、Kと言います。母がこちらの出身で墓参りに来たんです。よろしく・・」
 ちらっと名刺を見ると、女は尋ねた。 
「出版社さんなんだ。正規さん?」
「いえ、契約ライターです。」
「ライターさんか、大変よね。・・私は東京でミュージカルやってるの。好きだからやってるけど、収入は安定しないし、地方公演も多いし、バイトなしではやってけないわ。」
 カップ麺を平らげると、女は真っ直ぐKを見つめた。切れ長の眼が睨んでいるようである。
「今夜は一緒だけど、劇団員はよく雑魚寝するの。君は馴れてないかも知れないけど、変な気を起こさないでね。寝るだけだから・・分かった!」
 最後の「分かった!」に力を込めると、女はコキコキと指を鳴らした。カンフー女?と戸惑うKを尻目に、女はサッと立ち上がり浴室に向かった。
「身体がベタベタ・・シャワー浴びるわ。」
 動揺したまま、Kは冷蔵庫の缶ビールを飲み始めた。地方テレビはお知らせや時代劇で退屈である。アルコールが入ると、どうしても湯浴みする女のヌードを想像してしまう。悶々としながら、どれくらい缶ビールを空けただろう。酒の入ったKの前に、バスタオル姿の女が現れた。濡らした髪をしきりに拭っている。
「お待たせ・・髪を洗ったの、スッキリしたわ。」
 湯浴みした全身から甘やかな匂いが漂っている。顔もうなじも胸もピンク色に上気して、タオルに巻かれたしなやかな身体が悩ましい。Kの欲情に火が着き目が燃えだした。湯上がりの女はビールをあおるとそれに感づいた。
「・・何よ、その目付き?」
 警戒したのだろう、女は部屋の奥へ行った。何をするのかと思いきや、ベッドを動かし始めたのである。
「君はヤバイわ!・・ベッドを離す!」
 タオル姿のまま、全身の力でベッドを押している。力を込めた両腕、ふくよかな胸、渾身の力が腰から太もも、足先にかかっている。たおやかな筋肉が艶めかしい。タオル一枚の無防備な姿に、火の着いた欲情が爆発した。
「ヤバクて当然だろうが!」
作品名:コスモス 作家名:カンノ