コスモス
「俺らは東京へ行く。・・家は処分する、墓は永代供養する。もう帰って来ん。お前は自由に生きたらええ。この種はコスモスや。コスモスは可愛い花や。一見弱そうに見えるけど強くてしぶとい花や。ヒョロ長い茎はなかなか折れんし、折れてもすぐ生えよる。やせた土地でも根付き、放っておいてもドンドン増えていく。」
「・・親が言うのはなんやけど、お前はコスモスに似てる。弱そうやけど芯はしっかりしてる。女やから好きな人と一緒になって、アメリカでもインドでも好きなところに住んだらええ。コスモスみたいに生きたらええんや。幸せになってくれたらええ。」
ひとしきり父の話をすると、Kの方に向き直った。
「・・私って、コスモスみたい?」
真顔で聞かれると応えづらい。しばらく考える振りをした。
「そうやな・・色白でスラッとして、一見温和しそうに見えるけど、砂丘をダッシュするし、少林寺で俺を倒すし、顔に似合わん男勝りのところがある。お父さんは見抜いていたんや。ミキはコスモスそっくりや。」
「そうかな~」
それほど喜ぶ風でもなく、ミキはバックから骨袋を取りだした。袋には昨夜砕けた壺と骨片が入っている。
「これから、お父さんの最後の弔いをするわ。前からお父さんの生まれた所で散骨しようと思ってたの。ここからは町が見えるし、日本海が見えるし、それにお父さんの撒いたコスモスがこんなに大きくなっている。最後の弔いにふさわしい所やわ。」
「実は昨日、砂丘と夕焼け岬で散骨してきたの。岬でけっこう待たせたけど、あれは弔いの儀式をしてたんよ。弔いの儀式って何やと思う。・・黙って見てて。」
そう言うと、ミキは骨袋を持って立ち上がった。ゆっくりコスモス畑に歩いていくと、静かに骨袋を地面に置いた。頭を垂れじっと手を合わせている。厳粛な空気にコスモスも揺らぐのを止めたかのようである。どれくらい祈っていただろうか。
おもむろに頭をかざすと、真っ直ぐ前方を見つめ、両手をゆっくり上下させながら、摺り足で回り始めた。御霊が天に羽ばたこうとしているかのようである。摺り足の旋回が何度も続き、動きが少しずつ大きくなっていく。
やがて身体を大きく動かし始めた。手を伸ばして骨袋に近付いたかと思うと、サーッと遠ざかり手を挙げて天を仰ぐ。近付いたり遠ざかったり、屈んだりのけ反ったり、スカートを翻してバレリーナのように舞い始めた。荒ぶる御霊がミキに乗り移ったかのようである。大地を叩き、天に飛び、ひときわ激しく舞うと、パタッと骨袋にひれ伏した。余りの真剣さにKはカメラを忘れて見入ってしまった。
ひれ伏していたミキは骨袋を抱くと、軽やかなステップでコスモス畑に入っていった。笑みを浮かべ、しなやかに両手を広げ、ワルツを踊るかのようである。揺らぐ白や赤やピンクの花々。・・緊張のほぐれたKは一眼レフを構えた。
良く見ると、波のようにウェーブする指先から何やら白いものがこぼれている。骨片である。お父さんの骨をコスモス畑に、種子のように、肥料のように撒いているのだ。我も我もと首を伸ばし、歌うように、踊るようにざわめくコスモスの花たち。その時、雲間から光りが洩れ、花畑で舞うミキに真っ直ぐ降り注いだ。
それは光りとともに舞い降りた天女が群がる魚たちに餌を与えているようである。餌を求めて、悦び、舞い、跳びはねる赤や白やピンクの魚たち。シャッターを押し続けるKに、ミキが地上に舞い降りた天女のように映った。
後日、Kは砂丘やコスモス畑の写真をミキに届け、若い二人は自然と親密な関係になった。翌年の早春、東京のミキの部屋を訪れると、壁一面に夕陽の写真が張ってあり、タンスの上に遺影が飾ってあった。ミキは照れくさそうに言った。
「父の一周忌なの・・貴男にお父さんを紹介したいの。」
遺影の男は白髪で黒縁の眼鏡、穏やかな眼がこちらを見ている。ミキをよろしくと言ってるようだ。切れ長な眼がミキに似ている。
「なかなかダンディーじゃない。・・生きてるときにお会いしたかったな。」
そう言ったとき、何か引っ掛かるものがあった。誰かに似ているのだ。どこかで会ったことがある。誰だろう?
ミキは嬉しそうに音楽をかけた。サイモン&ガーファンクルの曲である。
「・・私が喪主で、これをバックに夕陽をスライドしたの。変わった葬式でしょ?」
ミキが喪主・・洋楽と夕陽のスライド・・この葬儀、どこかで聞いたことがある・・叔父さんの葬儀ではないか・・もしかして??
Kはベランダに出ると母に電話した。突然の電話に母は驚いている。
「・・叔父さんの命日はいつ?今日じゃなかった?」
「命日がいつかは知らないよ。葬式は分かるよ、丁度一年前の今頃やった。」
「洋楽と夕陽の葬式だったよね。洋楽は誰か分かる?サイモンとガーファンクルじゃない?」
「・・洋楽は分からんよ。寂しい曲やった、南米の大空を飛んでるような。」
立て続けに尋ねた。
「叔父さんに一人娘がいたよね。何という名前?」
「ユキちゃんだよ。お前も名前くらい知ってるだろう。・・どうしたんだい?何かあったんかい?」
「もしかして、ミキじゃない?」
「ユキだよ・・本当は●●●って言うんやないか。」
その時飛行機が通り過ぎて、肝心の名前は聞き取れなかった。ワインを用意したミキがまだ?と怪訝な面持ちでこちらを見ている。
Kは引っ掛かった何かを飲み込むと、足早に部屋に向かった。
了