千里の音
六介は桶を放り出して少年たちに駆け寄り、彼らの中でも大将的な役割を持っている少年――――太助の袖を掴んだ。太助たちはいきなり出てきた人物に驚きを見せる。だが、それが六介だと分かるや否や総じて落ち着きを取り戻し、同時に不快そうな顔をした。
「何だよ呪われ六介じゃん」
「近付くなよ、俺らまで呪われるだろー」
「そうよ、太助ちゃんを放してよ」
口々に文句を言う彼らの言葉に耐え、六介は強い目を太助に向ける。
「お山に、入っちゃ駄目」
静かに、しかしはっきりと口にされた言葉に少年たちはぎょっとする。それはそうだろう。彼らは六介が喋れるとは思っていなかったのだから。六介は彼らが驚いている間に言葉を続けた。
「今は、もきちぎ様がお山にいないから、子供がお山に入ると魔物に食べられちゃうよ」
一太への絶対の信頼。六介のそもそもの純粋さと信心深さ。そして何よりも昨日山へ入った時に感じたあの凍るような寒気。これらが揃ったがゆえの制止だった。いくら苛められていても、六介に彼らを放っておくことなど出来ない。
心底からの心配を込めて忠告すると、太助たちは一瞬きょとんとし、ついで大笑いを始める。予想外の反応に六介は困惑した。
「ばっかじゃねーの。それはお前がもきちぎ様に嫌われてるからだよ」
「あたしたちはちゃんと言葉を伝えるから大丈夫だもの。いつもの仕返しをしようったってそうはいかないんだからね」
「みんなもう行こうぜ、こんな奴の言うこと聞く必要ないよ」
「うん、行こう行こう」
あるいは舌を出し、あるいは嘲笑い、あるいは侮蔑し、彼らはそこから去っていってしまう。あの様子だと間違いなく山に入ってしまうだろう。だが、六介の言うことなどこれ以上聞いてはくれまい。
俯き着物をぎゅうっと掴んだ六介は、ややあって手の力を緩め、重い足取りで歩き出した。心の奥に沈んでくる重い感情から、必死に目を背けながら。