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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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緋色の追憶≪序章≫

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フォンテーネ



ギギギギ……

 重い鉄の扉が開くと、やせてほおの青白い白髪の老人が現れた。

「ようこそ、いらっしゃいました。フォンテーネさま。わたくしがこの城の執事、カーマーです」
 灰色の目をしたその執事は、やはり無表情で挨拶をした。その冷たさにフォンテーネは背筋がぞくっとした。

 長い廊下を歩いて、フォンテーネは自分の部屋に案内された。
「こんなにりっぱな……」
 およそ、自分の家とは格が違う。フォンテーネの家も貴族だが身分は子爵であり、領地も狭く、あまり裕福ではなかった。
 それがなぜか数日前、大貴族のアデレイド公爵家から使いがきて、一人娘フォンテーネの一切の面倒を見るから、公爵家に預けるようにとの申し出があった。この申し出を二つ返事で引き受けた両親は、フォンテーネを預けたのだった。

 ところが、これには裏があった。
 ある舞踏会の席で、フォンテーネの父親は、娘の自慢話をしたのだ。フォンテーネの美しさは、貴族の間でも評判だったので、はやくから結婚話はあった。そのときも、数人の貴族から、「自分の息子と結婚させたい」という申し出を受けていたのだ。
 しかし、酔っぱらった勢いで、父親はポーカーの勝負に勝ったものに娘をやるといってしまった。もちろん彼はポーカーが強く、並ぶものはないといわれるほどの腕前の持ち主だったから。
 それを聞いたアデレイド公爵は、ポーカーの勝負を挑んだ。結果は公爵の圧勝だった。もっとも彼はいかさまをやったのだが、フォンテーネの父親はそれを見抜けなかった。

 このときフォンテーネは12歳。15歳になったら正式な結婚をするという条件のもと、花嫁修業という名目で、アデレイド公爵の元へと引き取られたのだ。
 当然、彼女に本当のことは語られていない。ただ、花嫁修業だとしか。
 かぎ鼻の冷たい目をした初老の公爵の花嫁になるなどと知ったら、どんなにか嘆き悲しむだろう。疑うことを知らないフォンテーネは、両親との別れの悲しみをこらえて、馬車に乗り、こうして公爵家にやってきたのだった。

 公爵家での生活は、初めのうちはフォンテーネにとって決して快適とはいえなかったが、最初に感じた不安は日々を重ねるごとに薄れていった。
 公爵は留守がちで、後を任された執事の命令で一日が過ぎていた。フォンテーネの毎日は、貴族としての教養とマナーを身につけるために時間が割かれ、一流の教師が入れ替わり立ち替わり城を訪れていた。
 忙しい日々だったが、もともと向学心のあったフォンテーネは、勉強も苦にはならず、ピアノのレッスンも楽しんで受けていた。
 女中頭は相変わらず、無口で無愛想だが、礼儀正しくきちんとしていれば、小言を言われるようなこともないので、フォンテーネも次第に彼女に対して自然に振る舞えるようになった。

 一年がたった頃。春のある日、たまたま家庭教師が急用で休みをとったため、午前中の時間が空いてしまったフォンテーネは、部屋で本を読んでいた。
 けれど、暖かな日差しと鳥の声に、ふと外へ出てみたくなった。幸い、女中頭は近くにはおらず、ほかの女中たちもみなそれぞれの持ち場で忙しく働いている。
 フォンテーネはこっそり抜け出し、森の奥へ散歩に出かけた。