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日和

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 俺は布団に潜り込み、部屋の蛍光灯の紐を引っ張り消した。蛍光灯を消したときの独特の音が今日は嫌に耳に残ったがその内、意識はブラックアウトしていった・・・。

 僕はもう死んでいるのかもれない。それとも、薬の効果が薄れてきたか何か、パラドックス現象の一端か何かで過去とのつながりが薄れているのかもしれない。でもいい。彼女を救えれば全ていいんだ。
 たとえ、僕の世界が消えても
 たとえ、僕が消えても
 たとえ、過去も未来も失ってしまっても・・・。
 だんだん、過去とのリンクは薄れていってる。この体から僕の意識ははじき出されようとされているに違いない。でも、あと一日だけ。あと一日あれば、綾瀬を救える。


 代わりに僕は、いや、僕らは消える。


「よし」
 さわやかな朝だ。彼女を救うに相応しい素晴らしい日和だ。このような蒼穹が見える日のことを綾瀬日和と名づけよう。
「どう思うよ。未来」
 意外なことに返事は遅かった。40秒後に、そうだなと一言やっと返って来た。
「大丈夫なのか、やはり寝てないから」
 いや、考え事をしていただけだ。  こ   だ。
「・・・ああ。ならいいんだ。」
 今はそっとしてやろう。未来のことは・・・。だから、未来。本当に必要なこと以外は気にしないで返事しなくていいからな。
「優しいな。一期」
 未来が久しぶりに俺の口を使った。その口の動かし方は何かを味わうかのような切なさに充ちていた。
 「おはよう」
「あ。前田君。おはよう」
 1時間半後、俺は部室にいた。部室はいつものようにカメラが置いてはいなく、代わりに昨日、俺と綾瀬が作った出店が置いてあった。滑稽なものだった。部屋の壁に飾られた色とりどりの風情ある写真と不恰好な出店は全くかみ合う様子は無かったからだ。
「これ、出そうか」
「そうだね。」
 綾瀬と一緒に出店を持ちあげる。ダンボールの本体にホットプレートなどを置いたので見た目より軽いし丈夫だ。昨日、なんとか塗りたくったペンキのにおいが鼻を刺激した。出店を外に持ちだし、場所も確保。全ては順調だった。
 問題は文化祭開始、30分前に判明した。
「前田君!材料が無いよ」
「なんだって」
 俺は慌てて家庭科室の冷蔵庫に向かう。そこに昨日買った食材があるからだ。だが、綾瀬の言うとおりそれは無かった。
「どうして・・・。」
 そこに野球部の坊主頭が一人、ひょいと出てきた。
「あれ。その材料、自由じゃないの」
 俺はその言葉に堪忍袋の尾が切れた。
「てめぇか!使いやがったバカは!全部返せよ!」
 野球部は慌てながら応えた。
「ち、ちがうって。いろんな部の連中が持ってんだよ。俺は家庭科室にフリーの材料があるらしいからって使い走りにされたところなんだ。・・・だから、俺ら野球部は何も知らないんだ。頼む。信じてくれよ」
 野球部は嘘をついているようには見えなかったし、使い走りにされたそいつは野球部でもこき使われてることで有名な奴だった。そんな奴をこれ以上、責め立てる気にはならなかったしそんなことしても無駄なんてことは分かった。
「未来、未来。どうすればいい」
 ささやくような声で未来に聞いた。けれど、未来は応えてはくれなかった。
「前田君、校内放送しよう。そうすれば、材料。返してくれるよ。きっと」
「ああ・・・。そうだな。きっとそのはずさ」
 俺と綾瀬はその後、、職員室に行き先生に事を伝えた。先生はすぐさま放送してくれたが、返って来た材料は5000円程度分だった。
 まずい。全てがあの日になってしまう。このままじゃ、綾瀬は・・・。
 嫌な汗が体から流れた。綾瀬はそんな俺を見て、励ましてくれた。
「大丈夫だよ。これでも十分だから。ね。なんとかなるよ。うんうん」
「・・・そうであってくれ。」
 え、と綾瀬は少し意外な顔を見せたが俺はそれに応えるほどの余裕は無かった。数分後、文化祭の開催式が始まった。残暑が残る九月に体育館に皆で集まるのは暑苦しかった。開催式の最後に俺の担任が写真部の食材が盗難にあった、と簡単な説明をしてくれたがやはり材料の全ては帰ってはこなかった。既に調理されてしまったという話も俺の耳に入ってきたが、どうも頭が痛くて相手をぶん殴る気にはなれなかった。
 それにしても、異常に頭が痛い。こんな頭痛、生まれて初めてだ。それに、それに未来も全然何も言ってこない。おかしい。
 最初から綾瀬が死ぬなんて嘘さと思いが頭を過ぎったが、むしろそれは救えると思ってた綾瀬が目の前から遠くなっていく感じだった。
 事態は悪化の一途を辿った。大盛況なのだ。俺と綾瀬のお好み焼きは夫婦焼きと大好評で、いろんな奴らが買いに来た。無論、夫婦といわれるのが嬉しくて俺は思わず、お好み焼きを大盛りにしてしまっていたが・・・。
 ついに午後1時には食材が切れた。
「なあ、久保。俺ら頑張ったから、もういいんじゃねーかな。・・・その、遊ぼうぜ」
「えっと・・・。ちょっと待ってもらっていいかな。すこし・・・お花を摘みに」
 綾瀬が顔を真っ赤にするのはかわいくて仕方なかった。
「ああ。もちろん」
 その時だった。頭が割れるかのように激痛が走った。
「うあぁ」
 思わず、うめいてしまうほどに激しい痛み。それに続き、未来の懐かしい声が聞こえた。どこか疲れたおっさんの声。これだよ!この状況だ!今から綾瀬を追え!彼女は食材を買いに行ったんだよ!追え追え追うんだ!・・・誓いを果たせ!
 でも、頭が痛かった。有り得ない痛みに俺は蹲った。なんだ・・・。この痛みは・・・なんとか、立ち上がったとき俺は目の前にあの大型トラックが走り去るのを目撃した。
「なあ、未来。俺さ、ふと思ったんだ。未来は変えられないんじゃないかってさ」
 自分の声なのにどこか無機物的で余所余所しい声が出た。違う。そんなこと信じたくないのに・・・。俺の口から発せられた声が含んでいたのは絶望だった。
 諦めるのか
「ごめん」
 誓ったろう
「頭が痛い」
 ・・・一生後悔するぞ。
「分かってる。」
 僕は今のうちに君に一つ謝ろうと思う。
「なんだ」
 僕は実はこの日、店が始まる前に材料を駄目にしたんだ。ホットプレートの上に食材の大半を置いてしまった。それで、綾瀬が買いにいくハメになった。・・・僕はそのとき、ショックでくよくよしてた。そんな失敗を綾瀬の前でしたから。でも、さらにくよくよしたのは綾瀬を失ってからだ。綾瀬を失ってから僕は空虚だった。涙が流れなかったし、ご飯もおいしくなかった。ただ、難しい問題を解いてたら何もかもを忘れられたんだ。ゲームには限りがあるし、やってたら文句が飛ぶ。だから、毎日、誉められるぐらい勉強して遅刻するほど遅くに寝た。学力が以外は僕には何も無かった。けれど、今、僕は、いや俺は!綾瀬に再会できた蘇れた気がするんだ、人間。人間に、前田一気に戻れたんだ。だから!お前は俺を、自分も綾瀬も全てを救え!
「でもよ」
 馬鹿野朗!お前は綾瀬のことが好きじゃねえのかよ!・・・俺は消える。戻る見込みは一つもないんだ。多分、未来の世界は綾瀬を救ったらパラドックスで消える。でも、かまわない。綾瀬のいる世界を俺は、俺の手で作りたいんだ!だから、今の未来はいらない
作品名:日和 作家名:よっち