日和
「おまえ・・・。」
体が動いた。俺の意思じゃない。これは未来の意志だ。未来が俺の体を動かしている。その動きは苦しみに満ちていて、とてもとても鈍いもので、情けない物だった。
でも、情けないからこそ、いや、俺自身だからこそ、俺は今を掴めた。
「おい。俺の体だ。俺に返せ」
瞬く間に俺は駆ける。校門へ、十字路を、通学路を、目指すは生生市場。そこまでの道の途中に綾瀬はいる。どこで事故にあったかは未来に教えてもらっていた。だからそこへ駆けるんだ。
そして、彼女はそこにいた。
「久保・・・」
彼女は俺を見ると手を振り、横断歩道へその足を出した。そんな綾瀬とトラックが俺の視界に入った。とっさに止まるように言おうと思ったが頭を走った痛みに叫ぶのが遅れた。
「・・・ッ。綾瀬ぇぇぇ!」
俺は彼女の元へ走る。自分でも驚くほど早く不恰好な勢いで俺は綾瀬の元へ。トラックはクランクションを鳴らさない。そうさ。これも未来から聞いたとおりだ。
だから俺は、この日僕にできなかったことをする。
俺は綾瀬を抱きしめるとすかさず、体を180度ターンさせる。トラックが俺の髪を掠った。
何もなかったかのようにトラックは走り去っていた。俺らはしばらくの間、抱きしめあっていた。
「前田君・・・」
「・・・危なかったな。」
「・・・うん。ごめん」
「いや、悪いのは前方不注意のあのバカトラックだ。」
話していいかい、と未来の声が響く。いいぜ
「綾瀬。僕は、いや俺は」
「どうしたの?急に」
「聞いてくれ!」
「・・・うん」
ああ。僕の腕の中に綾瀬がいる。なんて幸せなんだろう・・・。でも、意識が引っ張られている。そうさ、もう僕の世界が終わってしまうんだ・・・。頭が本当に痛いな・・・。
「僕は君を救えなかった。今日のあの日、俺は変な失敗をして、食材をだめにして・・・。君が俺の代わりにかい出しに出かけて・・・今さっき死んだんだ・・・。」
「えっと・・・、私、生きてるよ」
「ああ。救えた。それは一期のおかげだよ。こいつは僕が未来を変えるがために起こる見えない力と戦ってくれた。・・・まあ、激しい頭痛だけどね。コイツがあんなに早く走らなきゃこうはならなかった。」
綾瀬は本当にぽかーんとした顔になっていた。
「前田君、もしかして今のトラックに頭を・・・。」
でも、そんな綾瀬も好きだ。
「綾瀬。好きだよ・・・。」
「・・・うん」
ああ。僕はなんて幸せなんだ。僕のせいで失った物を今、こうして再び手に入れた。そして、43年の彼女いない暦もこれで終わりさ。ははは、ありがとう。一期。ああ。そして・・・
「さようなら」
俺の体はがくんとなり、体が地面に倒れた。綾瀬は支えてくれようとしたが、俺は激しい頭痛と脱力感に耐え切れずそのまま綾瀬を巻き込んでしまった。まあ、甲斐性なしだが、寝返りを打ち綾瀬から離れると俺は空を見上げた。蒼穹。綾瀬日和だ。
「なあ。久保。さっきのは俺であって俺じゃない。未来から来た俺だ。」
「宇宙人じゃないの」
「ああ。あの時は嘘ついた。ごめん」
「・・・ねえ、一期」
俺は名前を呼ばれて驚いた。飛び上がるように上半身を起こし裏返った声ではいと答えてしまった。くすくすと綾瀬が笑った。
「私のこと、今の一期君も好き?」
「・・・えー、大好きです。」
「どれくらい?」
「絶対にっ幸せにします!」
ああ、俺はこんなことをなんて大声で言ってしまってるんだ・・・。
「未来の一期君と今の一期君、どっちのほうが私のこと好きかな?」
「もちろん。俺だよ!・・・それにさ、誓ったんだ。俺。未来に。綾瀬のこと、絶対救って絶対幸せにするってね」
あああああ!何故、俺は綾瀬と呼び捨てに・・・
「一期・・・。好きだよ」
ああ、もうそうか。こういう関係なんだよな
「・・・ああ。俺も」
俺らは蒼穹の下、誰もいない車道でキスをした。
感触があった。俺の体。そしてここはどこだ。
部屋、暖かいベッド。俺の薄汚い部屋は?・・・いや、そんな部屋に俺はいたのか?早く会社に行かなくては。寝室のドアを開けるときにふと思うが相変わらずでかいベッドだ。
・・・相変わらず?俺はアイツと一緒にこのベッドにしたんじゃ?
「おはよう」
俺はあいさつをしながら椅子に座る。コーヒーの香りと何かを焼くジューという音が食欲をそそる。
「おはよう。一期」
右を見るとエプロン姿の綾瀬がいた。何故か、いつも見ていた風景なのに涙が止まらなかった。
「どうしたの?急に泣いて」
「いや、コーヒーの香りが目に入ってつい・・・」
くすくすと綾瀬が笑う。なんてかわいいんだ・・・。
「そういえば、一期、高校一年生の頃の文化祭の直前にそんな感じになったよね。」
「え?嘘だろ」
「何言ってんのよ。一期たら、未来からの宇宙人がとか・・・言ってたじゃない」
ああ。そうか。俺は、いや、僕は掴めたんだな。じゃあ、そろそろ僕は消えるな。でも、この俺のほうがいいな。悔いなく消えれる。
「そうさ。僕が未来からの宇宙人さ」
「もう・・・相変わらず面白いんだから」
朝日がテーブルの上に差し込む。ああ、今日はなんて綾瀬日和なんだ。僕は蒼穹を見るたび、綾瀬を失った苦しみにもがいていた。でも、、もうそれも終わり。
「じゃあ、会社に行くよ」
「あら、もう初々しさが無くなったわね」
「?。当然だろうに。なんか俺、変なことしてたか?」
「いえいえ、未来からの宇宙人が今に来てただけよ」
はぁ、とため息をつくと俺は、いってくると無愛想に一言言い会社に向かった。何故かこの日だけは全てが輝いて見えた。そして、急に頭が悪くなったようにも感じた。