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トイレ

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セレブ

 電車から降り、トイレの位置表示を素早く確認する。よし、あちらだ。私はトイレに向かって歩き始めた。その時、私の隣をあのひがみ男が歩いていることに気づいた。と、次の瞬間、向こうもこちらの存在に気づいたからか、ひがみ男は少しだけ歩く速度を上げた。私の前に出ようというつもりらしかった。フッ・・そんなバカな。金魚の糞のように同じ駅についてこられるだけでも気に入らないというのに、私の前を歩こうなどとは。私は少し歩く速度を上げた。

庶民

 このブランド男、さっきからずっと俺の横を歩いている。前を歩こうと歩く速度を上げたのに、まるで俺が前を歩くのを拒否するかのように、こいつも速度をあげやがった。ますますもって気にいらねぇ。
 だがそんなことよりも、今はさっさとトイレに行くことが大事だ。ご親切なことに、駅構内にはトイレの位置を示す看板や矢印標識などが色々なところについている。俺はトイレに誘導する矢印標識にしたがってトイレを目指す。そうしている間にも便意は強くなってくる。走りたい。さすがに走るのは恥ずかしいから我慢だ。早く、早くトイレへ。駅の通路をどんどん進んでいく。通路の先は右側に折れていて、そこには「トイレはここを右に曲がった先にある」ということを示す矢印マークが貼ってあった。俺はその矢印マークの通りに右折する。右折した先は、一部を除けばなにも変わったところのない、ただの駅の通路だった。この矢印のマークによれば、この通路の先にトイレがあるという。だが俺は、その通路を進んでいいものか、ためらった。一刻も早くトイレに行きたいのに、進むのをためらった。その通路は一本道らしかったが、終わりが見えないほどに長く伸びていたのだ。

セレブ

 私はその通路を見て絶句する。この先にトイレがあるらしいが、しかし、この通路の突き当たりははるか向こうである。戻って、他のトイレを探すべきか。いや、この駅にトイレがここしかないという可能性も考えられる。もしそうであれば、最悪の事態も考えられる。すなわち、公衆の面前での脱糞である。だからと言ってこの通路を進んでいいものなのか。私が逡巡していると、なんと、私の横にいたひがみ男が、通路の先に向かってダッシュで駆け出したのだった。反射的に、私はひがみ男の後を追った。

庶民

 くそ、他のトイレを探しているヒマなんてねぇ。まして迷ってるヒマなんてねぇんだ。もう便は肛門のすぐそばまで来てるんだ。たとえ長い通路であっても、標識を信じるならばこの先に必ずトイレがあるはずだろうが。だったら、俺はここを進む。ただし、こんなに長い通路じゃあ、もう余裕こいたフリして歩くなんてことはできねぇ。ダッシュだ、走るんだ。一秒でも早くトイレに駆け込むために。
 それにしても気になるのは後ろから走ってついてくる、例のブランド男だ。さっきからマジうぜぇ。でもな、絶対にこの直線で引き離す、引き離してみせる。俺はスポーツに関して言えば、かっこいいサッカーやバスケ、テニスなんかは昔から全然ダメ。ボールを持たせりゃ、お笑い芸人みたいに変な動きになっちまってた。だせぇ。でも、シンプルに、走ることだけは得意だった。走りなら、誰にも負けねぇ。ブランド男、おまえは、俺の背中が小さくなるのを、悔しい思いで見てな。

セレブ

 私は当然、この直線で抜き去るつもりだった。幼少の頃から、野球、サッカー、水泳、陸上、スキーなど、ありあらゆるスポーツで優秀な成績を収めてきた。当然走りにも自信がある。こんな貧乏ひがみ男になど負けるはずがないのだ。それなのに、引き離されはしないものの、追いつくこともできない。信じられないことに、ひがみ男は私と互角のスピードらしかった。そんなバカな。こんなカスごときが。
 そうやって走るうちに、ついには長い直線の終わりが見えてきた。直線の終わりには、「トイレはここを左折した先にある」ということを示す左向きの矢印と、トイレマークの書かれた標識が貼ってあった。当然通路も左に折れていた。そこではひがみ男が立ち止まっていた。

庶民

 俺は標識にしたがって通路を左折したところで、二つの驚きをもって立ち止まった。一つは、ブランド男が引き離せていないこと。足には絶対の自信があったのに、コイツ、ついてきていやがった、ちきしょう!もう一つの驚きは、左折した先の通路も、先が見えない程に長く続いていたこと。それだけじゃねぇ、この通路にはハードルが並べてある。通路の手前から奥に向かって並べられたハードルが2列ある。2コース分とでも言った方が分かりやすいか。クソ、どうする、行くべきか?腹が、腹がいてぇ、すごく。もれそうだ。
 だがそうやって迷っているのがいけなかった。俺が迷っていると、ブランド男が通路の先へ向かって走り出しやがった。そして、アイツは二列並べられたハードルのうち、右側の列を軽やかに跳び越えながら、前へ前へと進んでいった。やべぇ、このままじゃあどんどんアイツに先を行かれちまう。続いて俺もヤツを追ってハードルを跳び始めた。左側の列を。それにしても、アイツはなんでハードルを跳んでいるんだ?通路の幅いっぱいにハードルが置かれているのなら分かるが、2列あるハードルの左右には、きちんと人が通れるだけのスペースがあるじゃねぇか。そこを走ればいいだろう。クソ、それなら、なぜ俺もハードルを跳んでいるんだ?わからねぇ。わからねぇけど、アイツには負けたくねぇ。

セレブ

 ハードルを終えると次の通路はプールだった。そしてプールを泳ぎ終えると次の通路は自転車だった。自転車を全力でこぎながら、私は後ろを振り返る。もはやあのひがみ男の姿は見えない。ハードルと水泳で私はあの男をはるかに引き離していた。つまり、あの貧乏人が得意だったのは走りのみで、ちょっとしたセンスが要求されるハードルや水泳は、全くダメだったということだ。話にならない。そんな程度で、このスポーツ万能イケメンセレブのこの私に勝負を挑むとは。だが、油断はしない。勝利に向けて、私はペダルを踏む足に力を入れた。このレースの勝利は、もはや私になるはずだった。ところが・・・私は自転車をこぐ足を止め、その場にしゃがみこんだ。ペダルをこげないほどの急激な腹痛が、私に襲い掛かったのだった。これは完全に下痢腹の発作だった。しかも、一瞬でも肛門括約筋の気を抜くとダムが決壊してしまう程の勢いのある便意だった。私はその場にうずくまり、ぷるぷると震えながら、ただただ便意に耐えた。レース中にこんな便意に襲われてしまうとは、最悪の不運としか言いようがない。
 私がそうして便意に耐えていると、ついに後ろから、あのひがみ男が自転車に乗って私にせまってきていた。それでも、強烈な便意に私は動くことができない。ついに私は追い抜かれた。追い抜きざま、ひがみ男は私をバカにしたような、勝ち誇った笑みを私に向けてきた。生涯最高の屈辱だった。

作品名:トイレ 作家名:ゆう