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トイレ

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庶民

 電車に揺られながら俺は窓の外をぼーっと眺めている。車内は混雑してはいないが、それでも座席は満席。なので出入り口のドアの近くで手すりをつかみながら立っている。都内を走る電車の窓から見える景色はビルやら何かの広告の看板やらで、面白くも無い。それでも気分はそんなに悪かぁない。だって、今日は休日だからな。おしゃれな街は苦手だし好きでもねぇ。だから、今日は新宿あたりをぶらついてみようか。あの雑な街は嫌いじゃあない。行き当たりばったりにラーメン屋にでも入って、そこがうまけりゃ、それでもう最高の休日。俺って安上がりなヤツって自分でも思う。
 窓の外を見ていた視線を、なんとなく電車の中に移した。今までぼーっとしてて気づかなかったが、俺の立っている電車のドアとはちょうど反対側、向かいのドアのところに、一人の男が立っていた。これがまた、一目でおれが嫌いなタイプの人間だった。顔は、まあイケメン。身長が高くスラリとした体型で、いかにも女にもてそうだ。もうその時点でなんか気にいらねぇ。しかも、服や身に着けているアクセサリーはどれもブランド物だ。俺はブランド物なんて詳しくないけど、そんな俺でも一見して分かるくらい、服、時計、靴・・・全部高価そうなブランド物でかためている。俺とブランド品の接点といえば、学生時代に頑張ってバイトして、その当時付き合ってた彼女に精一杯の背伸びして、グッチの財布をプレゼントしたことくらい。それ以来、俺は有名ブランドとは縁もねぇ。だいたいくだらねぇんだ、日本人のブランド信仰は。機能性ってこと考えたら、安物だって別に同じだろ?なぁ、あんたもそう思わないか?
 まあいい。一つだけ確実に言える事がある。それは、目の前に立っているあのすかしたブランド男は、金持ちではないということだ。ただの見栄っ張りのエセ金持ち。ちゃんと俺には根拠がある。なぜならば、金持ちは電車になんてのらねぇ。都内の移動で電車を使うのは庶民であって、金持ちは車で移動することを、俺は知っている。金持ちのフリがしたけりゃ、先ず交通機関を考えるんだな。

セレブ

 私は電車の窓から外を眺める。そして思う。こんなところでも、私の立ち姿というのはきっと絵になっているに違いないと。容姿もよく、服のセンスもいい私は、どこに行っても目立ってしまうというのが悩みの種だ。昔はモデルの真似事なんかもしていたことがある。すぐ飽きてやめてしまったけれど。
 今日は久しぶりの休日にこうしてわざわざ電車になど乗っている。普段は爺の運転するハイヤーで移動しているので、もちろん電車になどは乗らない。今日電車に乗ったのは、たまたまのきまぐれ、言ってみれば、貴族の社会科見学というものだ。一昔前ならいざ知らず、現代においては、上に立つものは下々の者がどういった生活をしているのかということを知るというのは大切だ。その意味で、たまには電車という庶民の乗り物に乗ってみるのもいいだろう。
 その時、ふと自分に視線が絡み付いてくるのを感じた。チラリとその視線の出所を確認すると、向かい側のドアのところに立っている、いかにもひねくれた性格という人相の男が私に視線を送っていた。私と一瞬目が合うと、その男はすぐに目線を逸らし、窓の外を見ているフリをしていた。目が合ったのは一瞬だったが、私はその男の視線の中に嫌なものを感じた。妬み、嫉み、敵意。フン、まあいい、私はそんな視線を送られることは幼少の頃から慣れっこなのだ。男はみな私を妬み、女性はみな私に見とれる。それはそうだ、私は金持ちで、頭もよく、見た目もいいのだから。
 私は横目でその男を観察した。まあいかにも凡庸でなんのとりえもないといった風采の男だ。顔は並。着ている服は安物、というだけならまだしも、シャツもズボンもよれているように見える。私がこの世の中で最も興味の無い種類の人間だった。私はすぐに窓の外に視線を戻した。

庶民

 チッ、さっき一瞬、あのいけすかねぇブランド男と目が合っちまった、ろくでもねぇ。俺はすぐに視線を窓の外に戻した。まあいい、どうせ駅についたらもう一生見ないで済む顔だしな。俺はすぐに別のことを考え始めた。最近買った車のローンのこと、会社のごちゃごちゃした人間関係、明日はゴミを出さねば、そんなことを考えていたら突然、そう、本当に突然だ、俺は、急速に急激に、腹が痛くなってくるのを感じた。ヤバイ、これは、完全に、腹を下している。下痢だ。ちきしょう、降りる予定の駅(新宿)まではまだまだ先だ。だがこの感じは、新宿まで待っていられそうもない。田舎の電車であれば車両にトイレがついているんだが、都心に向かうこの電車にはトイレはねぇ。ちきしょう、ちきしょう、次だ、次の駅でもう降りなくては。なんでこんな突然に・・・昨日の夜、吉野家→松屋→すき屋、と牛丼屋を3軒はしごしたのが悪かったか。何気に思いついた挑戦だったが、あれはさすがに無茶だったかもしれない。俺は次の駅で降りてトイレに行くことを決意した。まぁいい、これであのブランド男のツラを見なくて済むようになるしな。あとはトイレに間に合ってさえくれれば。

セレブ

 窓の外を見ながら、私は世界経済の行方、日本の政治の混迷、地球環境問題、そういったことについて思索をめぐらせていた。その時突然、そうそれは突然だった。私は腹部に痛みを感じた。この感じは、私の医学における知識を総動員するまでもなく、腹を下しているということが分かった。しかも、圧倒的な速度で便意が押し寄せてきていた。これはまずい。新宿までは電車に乗っているつもりだったが、とてもそこまで我慢できそうにない。私はこの急速な便意の原因を考えてみた。心当たりはあった。昨日はどうしても外せない大事な会食が、よりにもよって一日に三件重なったのだ。おかげで私は超高級フランス料理→超高級日本料理→超高級中華料理、と、三軒の店をはしごするはめになったのである。私は次の駅で降りて、トイレに行くことに決めた。それでも、正面に立っているひがみ男の顔を見なくてよくなるのだから、よい面もあったというものだ。トイレに間に合いさえすれば問題ない。

庶民

 次の停車駅のアナウンスが流れ、電車のドアが開くと、俺は一目散に電車から飛び降り、トイレに向かってダッシュを・・・するわけねぇだろそんなこと。考えてみ?下痢腹抱えてトイレに駆け込むなんて、自宅ならともかく、駅でそんな恥ずかしいことできるか?だから俺は、本当はダッシュしたくてしたくてたまらない気持ちを押さえて、さも何事もありませんよ、というような顔をして電車を降りた。左右に素早く視線を走らせ、駅構内に掲げられたトイレの位置を示す表示を確認する。よし、あっちだ。そちらに向かって歩みを進めたその時だ。なんと俺の隣には、あのいけすかないブランド男がくっついて歩いてきていた。なんだ、なんなんだコイツは、なぜ俺についてくるんだ。俺は前を歩こうと少しだけ歩みを速めた。

作品名:トイレ 作家名:ゆう