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神さま、あと三日だけ時間をください。~Last Scene~

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 中年のフロントマンは銀縁眼がねの奥の細い眼を訝しそうに細めた。
「いいえ、私どもがご予約の際に承っておりますのは、ツゥインで一室でございますが」
 美海は信じられない想いでシュンを見つめた。
「シュンさん、これはどういうことなの? 私は二人別々の部屋を取って欲しいと頼んだのに」
 好奇心剥き出しにしているフロントマンを尻目に、シュンは美海を引っ張って歩き出した。
「シュンさん、腕が痛いわ」
「だったら、お願いだから、今は騒がないでくれ。君も見せ物にはなりたくないだろ」
 美海は仕方なくシュンの後について大人しく歩いた。
「ねえ、これはどういうこと? 私は―」
 二人の部屋は三階だ。エレベーターに乗って三階に着くやいなや、シュンが叫んだ。
「ミュウ、幾ら世間知らずっていったって、女が男の誘いに乗って泊まりがけの旅に出るってことが何を意味してるかくらいは判るだろう?」
 シュンがいつになく激高した様子で続けた。
「俺が今夜、君を抱かないとでも思ってたのか? 君と二人だけの時間を楽しみたいって気持ちもむろん十分にあった。でも、男が惚れた女と泊まりの旅に出るのに、夜に期待しないはずないだろう? 正直にいえば、ミュウの身体が目当てでこの旅に誘ったって言っても良いんだぞ」
「私はそんなつもりで来たのではないのに」
 ミュウの眼にまた涙が滲んだ。
「そんな馬鹿げた言い分が通じるとでも思ってるのか? それとも、最初から俺をからかうつもりでこの旅行に応じたっていうの?」
 シュンが言い終わらない中に、三〇一号室と記されている扉が開いた。五十過ぎの男が胡散臭げに二人を眺めて通り過ぎていった。
「とにかく中に入ってから話そう」
「いやよ、中には入らない」
 しかし、シュンの圧倒的な力の前では、美海の抵抗など難なく封じ込められてしまった。
 美海は引きずられるようにして向かいの部屋に引き入れられた。
「シュンさん。私の考えが足りなかったのは謝るわ。あなたの気持ちを傷つけるつもりはなかったし、ましてや、からかうつもりなんて毛頭なかった。ただ、あなたと一緒の時間をゆっくりと楽しみたかったから、私はここに来たの」
「どうして俺に抱かれたくないんだ?」
「―」
 美海が黙っていると、シュンが振り絞るように言った。
「君が人妻だからか? 俺より旦那の方を取るから、俺に抱かれるのはイヤなのか?」
 思わずヒュッという息が洩れた。
 やはり、シュンも気づいていたのだ―。
「旦那を裏切りたくないから、俺とセックスはしないんだろ」
 美海は唇を噛みしめた。あまりに強く噛んだせいか、鉄錆びた味が口中にひろがる。
「裏切るという意味では、私はもう、とっくにあのひとを裏切っているわ。シュンさん、私があのひとよりあなたを愛していることは自分でも嫌になるくらい判っている。でも、愛だけでは幸せになることは難しいの。あなたはまだ二十二歳よ。これから幾らでも出逢いはあるし、あなたにふさわしい若い女の子と幸せになる機会はある。それが判っていて、私はあなたをみすみす不幸へと道連れにすることはできない」
「そんなのは所詮、その場逃れの言い訳だ! ミュウは旦那に隠れて息抜きがしたいがために、俺を相手にしただけなんだ」
「あなたをただ利用しようとしただけなら、私はこんなところまで来なかった。きっと、四日前に、あなたとはもう逢わないと言ったはずよ。なのに、私は世間が自分をどう見るかを承知の上で、ここに来た。自分でも馬鹿な女だと思う。ここに来るまでにも、何度も自分に言い聞かせてきたの。これが最後だから、シュンさんと想い出に残る―一生の宝物になるような素敵な旅にして、一つでも良い想い出を作ろうって」
「嫌だ。俺は絶対に嫌だ。ミュウを手放すくらいなら、今、ここで君と死ぬ」
 シュンの声が震えた。
「馬鹿なことを言わないで。あなたの夢はどうなるの? いずれは牧場を経営するオーナーになりたいんでしょ」
「でも、その夢が実現した時、君は俺の側にはいない。俺の知らない、顔を見たこともない誰かの側にいるんだ」
「身体は側にいなくても、心はずっと、あなたの側にいるわ」
「綺麗事を言うなッ」
 シュンが怒鳴り、美海の腕を掴んだ。
「俺は今夜、ミュウを抱く」
 宣言するかのように言うと、美海をまたベッドまで引っ張っていき、ベッドに乱暴に押し倒した。
「ミュウ、お願いだ。俺を受け容れて」
 シュンは美海の両手を持ち上げ、ベッドに縫い止めた。
「好きだ、好きなんだ。他の誰にも渡したくない」 
 どこまでも悲愴な声。
 切なげなまなざし。
 美海の心もまた切なく揺れた。
 こんなに切なく訴えられては、美海の覚悟も脆くも崩れてしまいそうだ。
 こんなに好きなのに、大好きなのに。
 私はこの男の傍にはいられない。
 何故か、それがとても理不尽なことのように思える。
 今、ここでシュンに身を任せること自体は容易かった。でも、夢は一夜で終わる。
 夜明けとともに夢が終われば、最も哀しくて残酷な宿命が待っている。それは単に美海だけのものに限らず、琢郎も、シュンも。
 すべての人を巻き込むことになるだろう。
 ならば、折れそうな心を奮い立たせて、シュンを拒み通すしかない。たとえ、どんな冷酷な女だと罵られようと、最初から遊びだったのだと蔑まれようと、覚悟を貫くしかないのだ。
 最悪の場合、自ら生命を絶つことになっても、シュンに身体を投げ出すことはできない。今なら、美海は切別伝説の女神の気持ちが判るような気がする。
 どちらも選べなくて、自ら生命を絶った女神は、きっと自分亡き後も、二人の男神がつつがなく過ごしてゆくことを何より望んだのだろう。もっとも、女神亡き後、男神たちが哀しみのあまり、女神の後を追うとまでは想像だにしなかっただろうけれど。
 琢郎もシュンも不幸にはできない。自分のせいで、彼等を哀しい運命に引き込むことはできないのだ。
 しかし、美海には大きな誤算があった。男と女の力では、所詮、女の方がはるかに不利なのだ。
「ミュウ、愛してる。判ってくれ」
 シュンの口づけが首筋に降るように落ちてくる。若さゆえか、性急な手が震えながらブラウスのボタンを外してゆく。二つめまでは何とか外せたが、三つめからはどうしても上手くゆかず、苛立ったシュンは前を引き裂いた。勢いでボタンがすべて弾け飛び、美海は恐怖に身体を強ばらせた。
「思ったとおりだ、何てキレイで大きいんだ」
 ブラウスは最早、半ば引き裂かれた布きれと化し、前からは黒のブラが露わになっている。
「シュンさん、止めて―」
 美海は震えながらシュンを見上げた。
 シュンの呼吸が荒くなる。怯え切っている美海は気づいていないが、シュンのズボンの前ははっきりと大きく盛り上がっていた。
「ミュウ、やっと俺のものになるんだね」
 シュンの手がブラのフロントホックを外そうとしたまさにその時、美海が突如としてウッと呻いた。
 呆気に取られたシュンが美海を押さえつけていた手を放し、拘束を解かれた美海はベッドに転がったまま、華奢な身体をエビのように折り曲げて咳いた。
「ミュウ、どうしたんだ?」