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神さま、あと三日だけ時間をください。~SceneⅡ~

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 これにはシュンが笑った。
「まさか、俺程度で優秀するわけないよ。うーんと、確か五位か六位だったんじゃないかな。まあ、入賞はしたから、コンテスト事務局の連中には面目は保てたのが救いだったけどね」
「凄いわ。全国大会で入賞だなんて」
 うっとりとしていると、シュンの視線に気づいた。まるで本物の恋人を見つめるかのような優しい眼だ。
 途端に心臓がどドキンと撥ねる。
「意外だね。ミュウがそんな話で盛り上がるなんて想像もしなかった」
「いやだわ。私ったら、若い子みたいにはしゃいだりして。みっともないわね」
 美海が紅くなると、シュンの瞳がいっそう優しげに細められた。
「そんなことない。凄く可愛い。それに、ミュウはまだまだ十分若いよ。だって三十二だろ」
 美海の胸がまたツキリと痛む。自分はこの優しい青年を騙している。本当は自分は三十二歳なんかじゃない。三十九歳にもなる、冴えないただのオバさんなのに。
 それに。美海の胸許のアザに気づいていないはずはないのに、あれから彼は何も訊いてこない。つまり、シュンは気づいているのに、わざと気づかないフリをしているのだ。
 美海がまた物想いに沈みそうになった時、シュンが唐突に言った。
「ミュウ、ちょっと」
 え、と、美海が顔を上げたまさにその瞬間、シュンの手が伸びてきて、美海の顎を捉えた。
「じっとして、動かないで」
 しっかりと顎を捉えられたまま、美海は戸惑っていた。その間に、シュンの顔が近づいてくる。
 もしかして?
 ふいに甘い予感に胸が疼いた。
 シュンの顔はいっそう近づき、ふいに唇が美海のすべらかな頬に触れた。
 軽い落胆が美海の中をよぎる。
 私ったら、何を期待していたというの?
 まさかシュンがこんなオバさんにキスを仕掛けてくるとでも思ったのか? だが、恥ずかしいことに、そのとおりだった。
 美海の中でめまぐるしくせめぎ合う想いなど知らぬげに、シュンは唇を離す。かと思ったら、再び彼の唇が頬に触れ、そのままゆっくりと頬を降りていった。
 ゆっくりとさまよっていた唇でふいに唇を塞がれる。
「―!」
 それが何を意味するのかをはっきり自覚した刹那、美海の白い頬が染まった。 
「キスのときは眼を閉じて、ミュウ」
 美海の頬が更に上気する。
 しっとりとした唇が軽く唇をなぞる。―かと思ったら、次の瞬間には荒々しく押しつけられてくる。軽く舌が差しいれられ、美海はおずおずとその舌に自分のを絡めた。それを待っていたかのように、シュンが積極的になる。
 舌と舌を絡め合うという行為は何故か、密度の濃いセックスそのもののようだ。二人はいつまでも熱心に舌を絡め合い、情熱的な口づけを続けた。
 どれだけの時間が流れたのか。美海にとっては永遠にも思える時間だったけれど、現実にはそう長いものではなかったはずだ。
 漸くシュンが美海を解放した時、美海は呼吸も上がり、心臓は自分でも愕くほど動悸を打っていた。
 身体が火照ったように熱いのは、何も室内の冷房が殆ど効いていないからだけではない。シュンが―眼の前のこの青年が美海の身体と心に火をつけたのだ。 
「ミュウって、ホントに可愛い」
 シュンが蕩けるような顔で美海を見つめている。何が可愛いのか良く判らず、美海は眼を見開いてシュンを見つめた。
「キスの仕方もあまり知らないんだ?」
 三十九歳にもなって言われる場合、あまり褒め言葉にはならない科白だ。
 美海の眼にじんわりと涙が滲んだ。
 きっとシュンは今のキスでがっかりしたに違いない。自分より幾つも年上の癖に、ろくに経験も積んでいない女だと呆れたのかもしれない。
「―ごめんなさい。シュンさんをがっかりさせてしまったのよね」
 シュンが思いがけないことを言われたというように、一瞬、ポカンとした。
「まさか、とんでもない。俺が言いたいのはその逆。あれー、もしかして、ミュウは泣いているのかな?」
 シュンが微笑した。
「俺の方こそ、ごめん。もう少しちゃんと言えば良かったんだよな。ミュウが考えているような意味じゃないよ」
 シュンは優しく微笑み、美海の頬を流れる涙を親指でぬぐった。
「ミュウって何か可愛いし、そういうところ、俺は好きだな」
 シュンは急に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ミュウ、ほっぺたにご飯粒がついてたのは気づいてた?」
「えっ」
 美海は思わず頬に手を当てた。
「本当?」
「うん」
 シュンが笑いを堪えて頷く。
「そんな―、どうして、もっと早くに教えてくれなかったの?」
「だって、ほっぺにご飯をくっつけているミュウも可愛かったから」
「酷いわ」
 一旦は引っ込んでいた涙がまた湧いてくる。
 シュンは更に意地の悪いことを言う。
「俺が何でキスしたか判るだろ?」
「あ―」
 美海は今度は両頬を手のひらで包み込んだ。眼が合うと、シュンはしたり顔で頷いた。
「最初はご飯粒を取ってあげるつもりだったんだ。それがついふざけてやっている中に、俺の方がその気になっちゃって」 
 美海はまたしても熟した林檎のように紅くなった。
「ミュウって不思議だよね。俺より年上だっていうけど、全然そんな風に見えない。むしろ、年下の女の子のようで、可愛いんだ」
 美海は小さく肩を竦めて見せた。
「それは褒め言葉にはならないのよ、シュンさん。歳の割には大人げないって言われてるのと同じだわ」
 美海が言い終わらない中に、シュンがふと表情を引き締めた。
「ねえ、ミュウ。お願いがあるんだ」
「なあに?」
「俺、ミュウが欲しい」
 予期せぬ話の展開に、美海は息を呑んだ。
「それは―」
 最初は冗談の続きかと思ったけれど、シュンの表情は怖いほど真剣そのものだ。
 美海はシュンの熱を帯びた視線に耐えられず、うつむいた。
「今、ここで抱かせてくれないか?」
 美海は所在なげに視線をさまよわせた。
 昨夜、夜通し琢郎に奪われ、身体は疲弊しきっている。まだ荒淫のせいで下腹部の痛みは続いているのだ。第一、琢郎に抱かれ、続けざまにシュンにまで身を任せるなんて、精神的にも保ちそうにない。
「ごめん―なさい。体調が思わしくないの」
 消え入るような声で言った。
「女の子って、嫌な相手に求められると、大抵そう言うよね」
 シュンのいつになく強ばった声。
 美海は慌てて否定した。
「それは違うわ。シュンさんがイヤだとかいうのではないの。朝からずっと気分が悪かったし」
 何をどう言えば、シュンに判って貰えるのだろう。混乱した気持ちが目尻に涙を押し上げる。
 美海には沈黙が何時間にも感じられた。
 やがて、シュンがホウと息を吐く。
「俺の方こそ、ごめん、大人げないよな。ミュウに断られたからって、辛く当たったりして」
「本当にごめんなさい」
 堪えていた涙がポトリとテーブルに落ちた。シュンがまた溜息をつく。
「ミュウが悪いんじゃないよ。気分が悪いって言ってるのに、セックスしようなんて言い出した俺の考えが足りなかったんだ。駄目だよな、男って、好きな女を前にすると、こらえ性のない獣みたいになっちゃうから」
 また沈黙。
 今度の沈黙はすぐに破られた。
「ねえ、ミュウ。一つだけ訊いても良いかな」
 美海が頷くのを確認してから、シュンは言った。