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神さま、あと三日だけ時間をください。

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 美海は呆気に取られて相手を見つめた。二十二歳と聞いてはいたが、これはまた何という若さだろう! ほどよく陽に灼けた膚、甘いながらも男らしい面はなかなかに整っていてルックスは抜群だ。身長は百八十は越えているのではないか。
 確か、こういう感じの芸能人がいたはずだ。日本人の俳優ではなく、よく見かける韓国人俳優に、こんな顔をした男がいたような気がする。
 今、眼の前で生き生きとした瞳をこちらへ向けている若い男。この男が自分を〝彼女〟扱いしていたということ自体が信じられない奇蹟のようなものだ。
 シュンの身体からは若さ特有の輝きが放たれていて、それはもう美海がはるか昔にどこかへ置き忘れてきた大切なものを思い出させた。
「私だって、よく判ったのね」
 美海が微笑むと、シュンは破顔した。
「だって、俺がイメージしてたとおりのコだったもの」
 アラフォーのオバさん相手に〝コ〟もないだろうと思ったが、まあ、ほんのお世辞だろう。正直なところ、彼がすぐに自分を見つけられるとは考えていなかった。シュンは恐らく、自分と同年代の若い女性をイメージしているに違いない。ゆえに、いかにも〝オバさん〟っぽい外見の美海など眼中にも入れず、通り過ぎていってしまうのではないかと思っていた。
 最悪の場合、ここでひとめ見るなり、〝さようなら〟となっても仕方ないと覚悟していた。だが、どうやら、それは杞憂にすぎなかったらしい。シュンは嬉しそうに瞳をきらめかせている。
「そう? 私はシュンさんががっかりするのは間違いないと思っていたんだけど」
「まさか。想像以上に可愛いコなんで、びっくりしてるよ」
 今時の若い男の子は本当に口がうまい。見た限りでは特に浮ついたところもなく、真面目そうな好青年ではあるが、こんな調子で周囲の女の子たちを次々と口説いているのだろうか。
 しかし、三十九歳のオバさん相手には、お世辞が過ぎるようだ。後で彼にさりげなく教えてあげよう。あまりに度の越えたお世辞や褒め言葉はかえって現実感がなく、相手に失礼なのだと。
「時間も時間だし、先に昼ご飯にしようか」
 駅前に小さなマクドがあり、そこで昼食にした。こういうのも若い男の子相手のデートらしくて良い。駅の駐車場に軽トラが停めてあった。シュンは白い軽トラの助手席のドアを開けた。
「マクドに軽トラじゃあ、初回から嫌われてしまいそうだけどね。今度、逢うときはもう少しマシなところに連れていくから」
 シュンは笑いながら、軽トラを発進させた。
 果たして、自分たちに〝今度〟があるのかどうか。恐らくはないだろう。何がどうなっているのか判らないが、今のところ、シュンは美海に愛想を尽かしている様子はない。
「まず最初に牧場に行こう。例の子牛を見せてあげられると思うから」
 この軽トラも牧場のオーナーから借りたものだという。ちゃんと美海が牛舎を見学する許可も取ってあるということだ。
 ほどなく牧場に到着し、案内されたのは牛舎というよりは、ただっ広い小屋のようなものだった。合わせると十数頭の牛がのんびりと草を食み、時折、モーと啼いている。
 それぞれの牛の居場所は木の板で仕切られている。
「こっち、こっち」
 シュンは取っておきの宝物を披露する子どものように待ちきれないといった様子で、美海を手招きした。
 子牛は最奥部の仕切りにいた。すぐ隣にいるのは母牛だろう。牛の顔なんて、まともに見たのは初めての経験ではあるが、それでも微妙に顔つきが違うことを知って愕いていた。
 十数頭いる牛の顔はそれぞれ違う。まあ、人間だって十人いれば同じ顔はないのだから、牛だって当たり前といえば当たり前かもしれないが。
 母牛と子牛の顔は何とはなしに似ている。眼許辺りが特にそっくりだ。
「流石に親子ね。よく似てる」
 感心したように言うと、シュンが笑った。
「紹介するよ、この子がミュウ」
「シュンさんが名付け親になった第一号の子牛ね?」
 美海も笑いながら言うと、シュンが首を振った。
「今のはミュウに言ったんじゃないよ。こっちの子牛のミュウに言ったんだよ」
「―」
 いまいち意味が判らず、シュンを見つめる。シュンが少し眩しげに眼を細めた。
「だから、今の紹介は子牛にしたんだよ。このコが俺の彼女で、ミュウっていうんだよって」
 刹那、美海は背中をしなやかな鞭でピシリと打たれたような気になった。
「ちょっと待って。シュンさん、私はあなたの彼女というわけでは―」
「ごめん。初めて逢ったばかりなのに、ちょっと強引すぎるかな?」
 シュンが小首を傾げて、覗き込んでくる。
 美海はその熱を帯びた視線をまともに受け止められず、慌てて顔を背けた。
 しばらく沈黙が漂った。やはり、気まずいものが混じっている。その気詰まりな空気を変えるように、シュンが明るい声音で言った。
「乳搾りもやってみる?」
「えっ、ええ」
 訳の判らないままに頷き、美海は牛の搾乳まで初体験することになった。
「良い? こうやって、こんな感じでやるんだよ」
 シュンが見本を示してくれたものの、どうも上手くできない。
「違う、違う、そうじゃなくて」
 と、途中で見かねたシュンが何度も説明を繰り返し、やっと数滴、絞ることができた。
「あっ、できた」
 歓声を上げる美海を見て、シュンも眼を細める。
「やったね」
 ここまでくるのに一時間は要している。
「乳搾りもなかなか手強いのねえ」
 素直な感想を口にすると、シュンは頷いた。
「見てるだけなら簡単そうなんだけど、これがなかなか骨が折れるんだ」
 乳搾り体験の後は、子牛に触ってみる。最初、美海は恐る恐る手を伸ばした。
「大丈夫だよ、とても大人しいから。暴れたりしないんだ。触ってごらん」
 やっとの想いで子牛の背に触れると、すべすべした毛並みに当たった。
「ミュウと同じ名前を貰ったから、きっと美人になるぞ、お前」
 まるで本当の我が子に対するように話しかけている。この牛の親子は特にシュンが眼をかけているといるというから、納得はできる。
「この子は女の子なのね?」
 美海が笑うと、シュンは大真面目に頷いた。
 シュンといると、〝美人〟だとか〝可愛い〟とか、およそ想像もできない褒め言葉が飛び出してくる。その真剣な表情や口ぶりから、からかわれているわけではなさそうではあるが、聞き慣れないお世辞を囁かれていると、本当に自分が冴えないアラフォーから〝可愛い女の子〟になったような気さえしてくるから不思議だ。
 子牛は黒いつぶらな瞳で美海を一心に見つめてくる。濡れたような瞳がいじらしくも可愛らしい。子どもを生んだことも持ったこともない美海ではあるが、人間に限らず動物の赤ちゃんもこれほどまでに愛おしく思えるものだとは考えたこともなかった。
「可愛い」
 子牛のミュウに頬ずりする美海を、シュンが満足そうな面持ちで眺めている。
 牛舎に二時間くらいいて、二人は再び軽トラに乗り込んだ。次にシュンが美海を連れていったのは海岸だった。