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神さま、あと三日だけ時間をください。

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 へえ、そうなんだ。生まれたばかりの子牛なんて、見たことないから判らないけど、シュンさんの言うように可愛いんでしょうね。
               ミュウ
         ↓
 じゃあ、見にくれば?    シュン
 ↓
 そうしたいのは山々だけど、無理そうだわ。
          ミュウ
         ↓
 ミュウはいつもそうやって俺から逃げるね。               シュン
         ↓
 別に逃げたりなんかしていないけど。
                 ミュウ
         ↓
 じゃあ、明日、俺の住んでる町においでよ。子牛も好きなだけ見られるよ。   シュン
         ↓
 明日だなんて、急すぎる。やっぱり、行けそうにない。           ミュウ
         ↓
 牧場のオーナーが子牛の名前は俺につけて良いって言うんだ。色々考えて、名前はミュウってつけようと思ってる。   シュン
         ↓
 それって、もしかして、私の名前? 
                ミュウ 
         ↓
 牛にミュウの名前を貰ったら、イヤ?
                 シュン
         ↓
 いやではないけど、どうしてなの?
                ミュウ 
         ↓
 この子、物凄い難産でやっと生まれたんだ。駆けつけた獣医さんは、もしかしたら母牛も子牛も死んでしまうかもとまで言ってた。奇跡的に無事に生まれた子だからこそ、いちばん好きな女(ひと)の名前をつけたいと思ったんだよ。               シュン
         
 美海はここで息を呑んだ。〝いちばん好きな女〟の文字だけが大きく浮き上がって迫ってきた。
 だが、何故、自分なのだろう? 二十二歳の大学生であれば、当然ながら周囲に若い女の子もたくさんいるだろうし、こんな風に出会い系サイトで知り合った身元も知れない―しかもメールだけでしかやりとりしたことのない女にここまで心を傾ける必要はないはずだ。

 俺、前から思ってたんだよ。自分が結婚して女の子が生まれたら、そのときは奥さんの名前をつけようと決めてるんだ。  シュン

 美海が返信を返す前に、再びシュンからのメールが来た。
 意味深な科白に、美海は返す言葉もない。シュンは難産の末に生まれた子牛に大好きな女の名前―ミュウとつけると言い、更に結婚して生まれた我が子にも妻の名前をつけると言い切っている。
 この思わせぶりな科白の意味を、美海は敢えて深くは考えまいとした。

 それは素敵ね。シュンさんが選ぶ女性なら、きっと、とても素敵な人に間違いないと思うから。            ミュウ

 しばらく返信はなく、十分ほど経った頃、やっと返信が来た。

 ねえ、明日の日曜、逢えないかな? もう待ちきれないよ、俺。どうしてもミュウに逢いたい。             シュン
 
 もしかしたら、シュンの言葉を無視したので怒ったのかもしれないと不安になっていたのだ。美海はどこかホッとしながら携帯の画面を見て絶句した。
 しかし、次の瞬間、美海の手は彼女の意思とは全く無関係に動いていた。

 判った。明日、逢いましょう。  ミュウ

 送信のボタンを押してから、自分がどれだけ大変なことをしたかに気づいた。
 出会い系サイトで知り合い、メールのやりとりをした後、二人だけで密会する。まるで、映画の筋書きのようだが、これは他でもない現実であり、自分自身の身に起こっていることなのだ。
 でも、もう後戻りはできない。それに、美海は判っていた。シュンに逢いたいと言われたって、美海自身にその気がなければ、やはり断っていただろう。どうしても断り切れなかったというのは言い訳でしかなく、その裏には、一度、彼に逢ってみたいという想いが潜んでいたのは否定できなかった。
 要するに、美海は自分自身でシュンと逢うという決断を下したのだ。誰のせいにもできないのは自分でもよく知っていた。

 翌日の日曜、美海はM町の小さな駅に降り立った。左腕に填めた腕時計を覗くと、丁度、十二時を回ったばかりだ。シュンと約束した時間にぴったりである。
 最初、シュンは自分から美海の住む町まで迎えに来ると言った。だが、それは幾ら何でもまずい。なので、美海の方からシュンに逢いにいくことにしたのである。
 琢郎は接待ゴルフで早朝から出かけ、美海は今日は大学時代の親友皐月の家に行くと告げて出てきたのだった。
 今、自分が何をしようとしているのか、自覚はあるの?
 美海は何度も自問してみた。メールのやりとりをしているだけならまだしも、こうして実際にシュンと逢うことが何を意味するのかを考えなかったわけではない。世間では、こういうのを〝不倫〟と呼ぶ。
 出会い系掲示板で知り合い、夫に嘘をついて若い男とデートするなんて、まさに有閑主婦向けのメロドラマを地でいっているようなものではないか! 今まで平凡な主婦の自分には全く縁がなかった世界であり、出来事である。
 だが、そんな不安も今日一日限りで終わるだろう。どう見たって、美海が二十二歳に見えるはずもないし、現実の美海を見れば、シュンの夢も醒めるはずだ。どころか、こんなオバさんを〝彼女〟だと思い込み、毎夜、二時間もメール交換していたなんて知れば、馬鹿にされたと怒り出すに違いない。
 事実、その方がよほど互いのためには良いのだ。夢は所詮、夢でしかない。いつかは醒めるときがくるものだ。その夢が甘美であればあるほど、醒めたときの喪失感や衝撃も大きいのは当たり前。であれば、そんな夢は一刻も醒めた方が身のためというものだろう。
 夢が醒めた直後は落ち込むかもしれないが、人間は存外にしぶとい。しばらく落ち込んでいても、やがて現実と向き合い、明日からの日々をまた懸命に生きてゆくようになる。いつまでも終わった〝夢〟に縋り付いても、何の益もないと悟るときがすぐに来る。
 M町はN町からはJRの普通列車で一時間のところにある。美海の暮らすN町よりはひと回り小さく、人口も半分ほどしかない。小さな漁港を有しており、漁師として生計を立てる家も少なくはなかった。
 その他には酪農農家も多く、シュンがバイトしているという牧場もそんな酪農家の一つであろうと思われた。
 漁家が多いというだけあり、小さな無人駅に降り立った瞬間、プラットホームから海が見渡せた。コバルトブルーの海がまるで一枚の絵画のようにはるかにひろがっている。
 美海はひとしきりその眺めを堪能した後、プラットフォームから駅の出入り口へと続く短い階段を下りた。
「ミュウ?」
 階段を下りきるまもなく声をかけられ、美海は弾かれたように顔を上げた。
 見上げるほど背の高い青年が美海を笑顔で見下ろしている。
「―シュンさん?」