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神さま、あと三日だけ時間をください。

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 ああ、本物のミュウに逢いたい。ミュウの側でまったり寝転がって、色んな話がしたいよ。            シュン
          ↓
 シュンさん、我が儘だねえ。   ミュウ
          ↓
 そんな俺って、嫌い?     シュン
          ↓
 別に嫌いじゃないけど、ミュウは困っちゃうよ。              ミュウ
          ↓
 ごめんな、別にミュウを困らせるつもりはないねんやけど。ただ、メールだけのやりとりで、もう一ヶ月になるだろ。そろそろ逢っても良いんじゃないかと思うだけどな。                 シュン
          ↓
 あ、また出た。シュンさんの怪しげな大阪弁。              ミュウ
          ↓
 ほんまやな。あんまりミュウを困らせて嫌われても困るから、今夜はこれくらいにしとこうかな。ミュウ、おやすみなさいって言って。明日の朝もバイトに出る前にメ―ルするけど、良い?         シュン
           ↓
 その時間はちょっと困るかな。また、夜のいつもの時間にね。       ミュウ
          ↓
 ミュウはガードが固いなぁ。まだ俺のこと、信用してないの?        シュン
          ↓
 そんなことはないよ、信用してるよ。信用してなければ、一ヶ月も付き合ったりしないよ。             ミュウ 
          ↓
 おやすみなさいって言って。   シュン
          ↓
 おやすみなさい、シュンさん。 ミュウ
          ↓
 おやすみ、俺の可愛いミュウちゃん。
                シュン 

 いつものように〝おやすみ〟で終わり、美海は携帯電話を切った。
 シュンこと里村瞬とメール交換を始めてから、一ヶ月が経った。瞬が教えてきたのが本当のメルアドかどうかは知らないけれど、美海が瞬に伝えたのはサブアドである。彼とメール交換するために、今、使っているドコモのではなく、フリーメールのメルアドを慌てて取得したのだ。
 瞬は明らかに勘違いをしているようだ。メールのやりとりを始めて十日ほどで、呼び方は〝ミュウさん〟から〝ミュウ〟になった。同時にシュンは自らの名前まで名乗ったのだ。
 それに対して、美海は何も瞬に明らかにしてはいない。名前はおろか、年齢さえも。
 送られてくるメールを読むにつけ、彼は美海がまだ自分と歳の違わない若い女の子だと信じ込んでいると思わざるを得なかった。
 メールのやりとりは毎日。大抵は夜の十一時を過ぎて夫の琢郎が眠った後に、自室でチェックする。パソコンではなく携帯を使う。
 その過程で、瞬については色々なことが判った。瞬は大学四年、M大の農学部に通っている。将来の夢は自分の牧場を持つこと。そのために今も空いている時間は小さな牧場でバイトをしているという。
 別にこれらのことは美海が訊きだしたわけではなく、瞬自らが語ったことだ。どうやら、今のメールでも判るように、彼は〝ミュウ〟という架空の女の子―つまり自分のイメージどおりの若い女性を勝手に作り上げているらしい。更には厄介なことに、その架空の〝ミュウ〟という女の子を彼女扱いし始めている。
 だが、瞬だけを責められはしない。美海はとりたてて彼に嘘を言ったわけでもないし、思わせぶりな科白を言ったわけではない。だが、本名も年齢も既婚であるということも告げずに、曖昧なままで瞬とメールをやりとりしている。こんな状態では、彼が勘違いをしてしまうのも無理はない。
 けれど、今の美海を辛うじて支えているのは、実のところ、この瞬とのメールのやりとりだった。夫との琢郎とはひと月前に喧嘩したまま、依然として気まずい状態が続いている。あの夜、琢郎はレイプ同然に美海の身体を幾度も奪った。
 夫の言うとおり、確かに身体は数え切れないほどの絶頂を迎え、気も狂いそうなほどの快感を憶えたかもしれないが、心は裏腹にしんと醒めていた。あの時、美海は知ったのだ。
 セックスによってもたらされる歓びは、心身ともに潤うものではないのだと。男女双方が共に労りと愛情を持って行われる親密な行為だからこそ、身体も心も満たされるのであって、どちらかの意に沿わない形で強要されてであれば、それは最早、ただの陵辱でしかない。
 美海を喘がせ、身もだえさせたことで琢郎は男としての身勝手な自己満足に浸っていたようだが、美海にしてみれば、ただ一方的に犯されたに過ぎなかった。
 かつてはあれほど好きだった琢郎の心が見えない。琢郎はここのところ、ずっと不機嫌だ。あの初めての情熱的な一夜を過ごしてからというもの、彼は夜になると、何度か美海を抱こうとした。
 しかし、肝心の美海の方がその気にならず、琢郎の求めに応じなかった。もうあんな風に一方的に荒々しく貫かれるのはご免だ。もっと琢郎と気持ちが近づけばともかく、今の状態で彼とセックスする気にはなれない。
 そんなことが何度が続き、やがて琢郎は美海に手を伸ばしてこなくなり、再び背中を向けて眠るようになった。朝早くに出勤して、帰宅はいつも八時を回っている。新婚時代は琢郎の帰りを待って一緒に食べていたものの、今では先に済ませておく方が多い。帰宅した琢郎が食べている間は側に座って給仕はするけれど、二人は殆ど喋ることもない。琢郎は美海をまともに見ようともせず、黙々と食べ終えると、逃げるように自室へと引っ込んだ。
 これではいけない。このままでは、本当に自分と琢郎の間の亀裂は大きくなるばかりなのは判っていたけれど、美海にはなすすべもかった。
 こんなときに子どもでもいれば、少しは夫婦で会話することもあるのだろうが、生憎と間を取り持ってくれる子どもはいない。いや、世の中には子どもが何人いても、離婚する夫婦はごまんといる。結局のところ、もう本当に取り返しのつかないところまで夫婦仲が冷めてしまったのなら、子どもの存在も最悪の事態を回避する手段にはなり得ないのだろう。
 夫婦というのは、とどのつまりは夫と妻の拘わりであり、子どもには関係のない話なのだから。子どものために我慢する―という言葉はよく聞かれるが、あれは、あくまでも夫婦がお互いにまだ結婚生活を続ける心のゆとりがあるからこそのものだろう。
 本当に駄目になってしまったら、たとえ子どもの存在であろうが、夫婦の別離を引き止められはしない。夫婦だって所詮は男と女なのだから、感情が冷めきってしまえば一緒にいられないのも当然のことだ。
 六月最後の日は金曜だった。
 その夜も美海は琢郎の食事が終わり、後片付けを手早く済ませると、自分の部屋にこもった。

六月三十日
 今日は俺がバイトしている牧場で子牛が生まれたんだ。めっちゃ、可愛いよ。 シュン

 〝可愛いよ〟の下にはハートの絵文字が入っている。若い子はメールにやたらと絵文字を使いたがる。こうしてメールでやりとりしているだけではシュンの二十二歳という若さをあまり意識はしないけれど、こういうときは、やはり彼は若いのだとしみじみと思った。