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やさしい犬の飼い方(仮)

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 一人遊びが得意な子供だった。父親が転勤族だったせいで、どこへ行っても友達が出来なかった。そのうち友達を作ろうとも思わなくなった。だって仲良くなってしまったら、別れが悲しいだろう。だったら友達なんか要らない、ずっと一人でいいと思っていた。

 そんな俺の唯一の友達は犬の“ハチ”だった。じいちゃんがどっかの家から貰ってきた柴犬。俺とハチは何をするにも一緒だった。楽しいときは一緒にはしゃいで、悲しいときはハチの前で泣いた。ハチは俺を裏切らなかった。
 貰われてきた時は抱き上げられるほど小さかったハチはやがて凛々しく成長して、立派な番犬になったわね、なんて母さんが喜んでいたのを覚えている。

 ハチは頭のいい犬だった。そして立派すぎる番犬だった。それ故に、ハチは居なくなった。

 ハチを殺したのは俺だ。



 ――……嫌な夢を見た。お陰で目覚めは最悪だ。忘れかけていたことだったのに、何がきっかけで記憶の蓋がずれたのか分からない。上体を起こして隣に目をやる。人間の“ハチ”はまだ爆睡中だった。

 朝から嫌なことを想像しそうになって、慌てて思考を切り替える。時計を見るとまだ大学へ行くのには時間的に余裕があった。ノロノロとベッドから這い出してカーテンを開ける。布団を干したくなる天気だ。

 ふと思い立って、本棚からアルバムを引っ張り出した。……確か、どこかに挟んであるはず。パラパラと捲っていくと、隙間から一枚の写真が滑り落ちた。裏返しに床に落ちたそれを拾い上げて、表を返す。
 あった。
 ――俺が探していたのは昔飼っていた犬、“ハチ”の写真だ。ハチが居なくなった後、ハチを思い出すのが辛くて、ハチが映っている写真の類はほとんど捨ててしまった。この一枚はどうしても捨てられなかった最後の一枚。
 ピンと立った耳に丸まった尻尾。
 写真の中のハチはやっぱり凛々しかった。

 写真を見つめていると、ふと背後に気配を感じた。振り向く前に背中に重いものがのし掛かってきた。長い腕が腰に巻き付いてくる。暑苦しい。

「その写真は?」

 肩口から俺の手元を覗き込んでそいつは言う。

「“ハチ”」

 短く答えると――ハチは、優しい口調で言った。

「かっこいい犬だな」



 そうだよ、ハチはかっこ良かったんだ。頭だって良かったし人間に迷惑なんか一度もかけたことなかった。



 なのにどうしてはちをつれていかなきゃいけなかったの?
 おとうさん、おかあさん。