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やさしい犬の飼い方(仮)

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 半田と別れた後のハチはいつもより少し遠慮がちで、普通に会話を交わして笑ってはいるけれど、どこか上の空だった。もしかしたら半田は触れてほしくないハチの一部分だったのかもしれない。誰にだって隠しておきたいことの一つや二つくらいあるだろう……俺にだって、ある。



 帰り際、ついこんな言葉が零れた。

「……出ていくとか、言う?」

 言ってから気付いた、これじゃまるで俺が出ていって欲しくないみたいじゃないか。


「出てけって言わねーの」

 ハチは足を止めて呟く。俺も立ち止まって見上げると、ハチは少し困ったような顔をして薄く笑った。

「……二日も添い寝したら情だって湧くだろ」

 俺はその顔を見ていられなくて、目を反らして素っ気なく返した。

 これはただの情だ、と言いたかった。ただ可哀想だから置いてやっているだけだという体で、実際は俺がハチを隣に置いておきたいだけなのだ。俺はハチのことを何も知らない。出会ってまだ二日しか経っていないから当たり前と言えば当たり前かもしれないけれど、仮にもハチは今現在俺の同居人なわけであって、その割に名前すら知らないというのは変なのかもしれない。けれど名前すら分からないこの男はたった二日で、俺の欠けている部分にすとんと収まってしまったのだ。少し前までは出ていけなんて言っていたのに、我ながら全く変な話だと思う。でもそれは俺がハチを家に置いておくのに十分な理由だった。けれど、俺にとって都合がいいからお前を手元に置いておくんだなんて卑怯なこと言えなくて、強がりを言った。

「せっかく買い物もしたんだし……帰ろう」

 夕暮れ時、両手に紙袋を提げた俺とハチの影が地面に長く伸びている。これが一人分だったら、と考えた。たった二日は大きい。家に帰るとただいまと言ってくれる人がいるのも、一緒に夜を明かしてくれる人がいるのも――……俺の胸に何か苦いものがじわりと滲んだ。考えたくなくて足を動かした。

「……うん」

 ハチはそれだけ言って、少し遅れて俺の後についてくる。

 嫌なことを思い出しそうになったのは、きっと夕暮れのせいだ。