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やさしい犬の飼い方(仮)

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 大学に着いてから俺は早速後輩に泣きついた。今日が締め切りのレポートは、俺一人の力ではどうも締め切りの時間までに仕上がりそうにない。そこで優秀な後輩くんに手伝って貰うことにしたってわけだ。

「ハナ先輩、寝不足ですか?」
 昼休み、件の後輩は俺の顔を見るなりそう言った。井上悠馬――ゼミが一緒の、まだ一年のくせに二年の俺より優秀な後輩だ。ちなみに背も俺より高いし顔もいい。綺麗に脱色した髪の毛は柔らかそうだ。でも遊んでそうな見た目に反して頭はかなりいいらしい。先生と互角に対談している場面を何度も見かけたけれど、俺は話の内容がさっぱり理解できなかった。
「いや……昨日ちょっと、寝付けなくて」
 ハチが背中に引っ付いていたせいで、無駄に緊張して眠りが浅かったのだ。
「何かあったんスか?」
「いや、ちょっと……犬を拾って」
 誤魔化すつもりでそんなことを言ってしまったが、あながち間違いではないだろう。井上は目を丸くして俺を見た。
「え、先輩アパートじゃ」
「拾うつもりなんかなかったんだけど、家までついてきてさ……仕方なく」
 これも間違いではない。むしろ真実に近い。
「へー。そのまま飼うんスか? 今度見せてくださいよ」
「あぁいや、それはちょっと……マズい」
 非常にマズい。犬じゃなくて人間を飼っているなんてことを知られたら、変態のレッテルを貼られること間違いなしだ。つーか飼ってるつもりなんかないんだってマジで!
「あの、ずっと飼うつもりなんかないし、さ」
 しどろもどろになりながらも何とか言い訳をする。井上は猫みたいな目を怪しむように細めて俺を見た――……井上は時々こんな表情をする。俺の薄っぺらい嘘を見透かすような顔。
「……そうですか。残念」
 井上は浅く息を吐くと、事も無げに言った。
「先輩の貞操観念がそんなに緩いんなら、もっと早くから迫っておけば良かったです」
「……は?」
 今、何て?
 俺の疑問符に井上は笑顔しか返してくれなかった。それが逆に不気味で、俺は黙り込むしかなかったのだ。

 その言葉以降の井上は全く普段通りだった。井上の助言によって何とか時間内にレポートを完成させた俺は、夕方になって漸く帰宅した。もっと早く授業が終わる曜日もあるんだけど、今日は朝から夕方まで授業がみっちり入っている曜日だ。どうして寝不足な日に限ってこんな曜日に当たるのか、やっぱり俺は相当運が悪いのだろうか。

 安いアパートの錆び付いた階段を上がって、自分の部屋の前へ着く。鍵を開けて中に入る……と、玄関に俺のものではない靴。まさか、と思う。奥へ進むと部屋から漏れ聞こえるテレビの音に気づいた。ドアノブを引っ付かんで勢いよく扉を開けると、そこには。

「あ、おかえり〜」

 ――……ベッドに寝そべって、すっかり寛いでいるハチがいた。