飛行機雲の人
目に映る教室。俺の目の前では相変わらずBが、淡々と課題をこなしている。
冷めた心のまま、目の前の人間を見た。
冷たい海の目の男。奴は暑さを知らないかのように涼しげに見えた。また、昨日と同じような言葉が浮かぶ。
お前、暑くねえの。
俺は冷めた感情を持って、奴に話しかけた。冷えた嫌な顔をしているかもしれない。
少しの間があく。一瞬の沈黙のあと。奴は俺をふと、わずかに見ただけだった。相変わらずの目。うんざりする。なぜか今日はその目が一段とイライラした。
暑い太陽の影にじわじわと神経が侵されていくように…。
太陽はどこまでも暗い影を作る。黒い太陽と、冷たい空白の目…。
空は暑い、暑くてどうしようもないんだ。なのになんでお前は涼しそうな目をしてるんだ。
俺はこいつの目が嫌いだ。すべてを見透かしているようで、何も見ていない。
一人勝手に見下されたような気分になる。…違うな。俺が勝手にを絶望感を感じるんだ…。ああ、やっぱり俺は羨ましいんだ。
俺はこの人間のような空白の目になりたい。俺の目は何も見たくないよ。遠くのどこかへたどり着きたいんだ。
瞳。冷たい海。暗く深く、すべてを沈めて消してしまう。
目に映らないということは、楽であり、同時に恐怖だ。
俺の存在が消えてしまったようで、怖い。消えることを望み、消えることを拒むんだ…。自分勝手な欲望だ。
…駄目だ。またおかしなイライラが渦になっている。思考がどうかしている。俺は今度こそ平静を取り戻そうと思い、深く息を吸った。少し心を落ち着かせる…。頭を冷やさないといけない…。
俺は彼女のことを考えた。美しくて優しい彼女。白く眩しい存在。
そうすると心が少し白く染まるように感じる。心の渦がすこしずつおさまってくる。彼女の存在は俺の心を鎮めてくれる。
そうだ、ケータイ…。
俺は思い出したように携帯電話を取り出してメールを確認した。
今日も彼女からのメールが届いていた。
内容は(頑張ってね)という応援のものだった。優しい言葉に心が澄んで穏やかになる。
今日は俺のバイトもなく彼女の予定が空いていたから、本当は二人で遊びに行くはずだった。
この課題さえなければ。
現実の俺は、Bと教室で二人、課題に取り組んでいる。
なんなんだろう。
この世にはなぜか分からないことばかり起こる。そのたびに考えることを放棄する。
意味なんてないから。
偶然は絡み合っていて、仕組まれているように思える。それが不快だから目を逸らすんだ。
窓の外に目をやる。雲ひとつない青い空。なにもない。
空は無。
青い空は手が届かない。夏は透明すぎるんだ。本当は痛い。
夏は痛くて痛くて、俺には抱えきれそうにない。
それでも夏に飛び込みたがっている。逃げるために飛び込むのかもしれない…。
夏と彼女はとても美しく似合っているように感じる。眩しいんだとても。
夕方から彼女はバイトを入れたそうだ。
それでも午後に少しだけ会うことができる。それを励みに頑張ろう。
…俺は毎日彼女に会いたくて会いたくて必死な自分を、なんだか不思議に感じていた。
俺はそんな激しい情熱を持った人間だったかな…。
あつい夏のような心を。