飛行機雲の人
すとん
俺は真っ白い「空想」(ごちゃごちゃした思考)から、目の前の「現実」(プリント)に目を落とす。
正面には相変わらず平然と課題をこなしているB。
ふたつ、無音の瞳。
さっきの会話で、こちらを見たBの目はこちらを映してはいなかった。
奴の目はいつも遠くを見ている。話をしていても、別世界にいるように感じる。
遠い目。
自分でもうっすら理解している。
こいつに無駄につっかかってしまうのは、俺を完全に映さない目を持っているからだ。
おそらく意識のかけらにも入っていないんだろう。
いや、この世の誰も俺を見る人間なんていないのだ。どこにもいない。
それは俺に限ったことではなく、すべての人間に同じことだ。誰もが誰のことも見ていない。
俺も誰も見ていない。俺は俺のことも見ていない。
Bの温度を感じさせない瞳。冷たい海みたいだった。
「俺を見ていない目」そのことが大事なことのようにも思えた。冷たく重いのに、軽く何も持たない目。
その目を見れば、自分がこの世から消えてなくなったみたいでとても楽になる。魂が空気に消えてゆけるようで…。
この人間の何も見ていない目は、それでも、何かを見ているのかもしれない…。つかめない遠い何かを。
なぜかそんな風に感じてしまう。
俺はいつでも見えないものを見たがっているだけだ。いつも何かを切望する…。
…暑さでおかしくなった頭でそんなことを考えていた。(奇怪な妄想だ)。
ああ、そうだ。俺は誰にも見られたくないんだ。
俺はこいつの目に見られていないことを確認しているのかもしれない。それが不快で、楽なのだ。
そして、温度の無い目が見る「遠くの何か」を見たがっている。
こいつを羨んでいるのかもしれない…。
馬鹿らしい。訳の分からない思考回路。理由のない嫉みだな…。
…はあ、なんだか疲れた。
さっさと課題を終わらして彼女に会いに行きたい。
この湿気の充満したうっとうしい空間から早く解放されたい。
ここはすべてが鈍い色にうっすらと濁っている。外の世界の透きとおる空気を吸いたいんだ。
光に突き刺されるような外へ。
早く課題を終わらすことにだけ意識を集中させなければ…。
俺は頭を切り替えてペンと紙を持った。機械的に手と頭をフル稼働させ、課題を終わらせていく。
俺(A)はBの存在を忘れ、Bは最初から俺(A)の存在を知らない。もう会話はない。
最初からどこにも誰もいない。