飛行機雲の人
空に浮かぶ
長かった夏の登校もやっと、最後の日。
あとは簡単なまとめのレポートを作って、ミスがないかすべての見直し、そして提出するだけだ。
これですべて終われる。
だが、俺はただ一人で教室にいた。
Bはまだ来ない。
あいつが遅くなるのは夏休みの登校中で初めてだった。いつもは俺より先に来て涼しい顔で作業をしていた。
一人の教室は静寂に満たされていて、自分の存在すら見えなくなったような感覚がする。
窓の外、太陽の光と、セミの鳴き声がはるか遠くに感じた。世界から切り離された教室の空間。
俺は心を忘れ、見えなくなったすべてを見ることをしない。
ただ、あつい沈黙の空気に、じっとしている。無だ。
しばらくして、Bは遅れてやってきた。奴の顔には汗が流れていた。
俺はそれを不思議な気持ちで見る。心はどこか冷静だった。
こいつも汗をかくんだな。
Bの生物としての生命活動を確認する。
こいつもちゃんと生きているんだ。
あの日、夕日の中で見たBとは別人のように感じる。あれは夕焼けに怯えた心が見せた幻だったのかもしれない。
…こいつも生き物なんだ。夕方の赤とは違い、昼の青の中で俺は冷静になれた。
俺はBを恐れていたけれど、今はそうでもなくなっていた。
一番の恐怖を感じてしまえば、その後は少しずつ平静になってくるようだ。
Bの目によってA(俺)の精神がひきつれることも減った。
俺の心は徐々に落ち着きを取り戻す。少しずつ、水面は静かに凪いだ状態になっていく。
俺が慣れたのかもしれない。それに、心がBの瞳の色に納得するようになったようだ。
Aの空は不思議と穏やかだ。
あれ、そういえば、あの夕方になんでこいつは学校にいたんだろう。気になってBに問いかけてみた。
……返事がない。無視というか、俺を会話すべき相手として認識していないのか。
やっぱりこいつは幽霊なんだろうな。俺は嘘半分、本気半分でそう感じていた。
夕日は嫌いじゃない。
Bがぽつりと呟いた。
俺は夕日は苦手だったけど、そうかもしれないなと思った。
俺は青空が好きだよ…。
Bと同じようにひとり言のように呟く。俺は遠くを見ていた。
幽霊は夏の空にぼんやりとかすむ。最後は消えてしまうんだろう。それが夏の幽霊。