飛行機雲の人
冷たい、青い、深い
夏休み登校、三日目。
じわじわと照りつける太陽と、緑の木々。
今日もまた、俺は学校に向かって同じ道を歩いていた。いつもいつも歩く同じ道だ。普段はたくさんの学生が歩いている。
いつもと同じなのに、今、この道を歩いているのは俺ただ一人だ。暑い道。夏は人を迷わせる。
どこを歩いているのかだんだん分からなくなり、それすらどうでもよくなってくる。ぼんやり、頭が錯覚するのだろうか。
暑いな…。空気を吸い込んで、また吐き出す。はぁ、苦しいな…。
昨日見た風景が頭に残っている。
夕日。赤い空。黒い影。冷たい海の目。
すべて幻だったように思える。心は少し落ち着いていた。
学校までの道すがら、なんとなく青い空を見上げる。今日もまた雲ひとつなくて真っ青だ。そして視線を元に戻すと、ふと、赤い色が目に映った。
赤い風船を持った子どもとすれ違う。
青い空。赤い風船。
鮮やかな色。とても美しくて純粋なものに触れた気がして目眩がする。憧れ、夢、儚さ。思い。
幻想に溶けてゆきそうだ。
目の前が一瞬真っ暗になった後、現実が戻ってきた。
そのときふと、くだらないことを思い出す。
…そういや、家の女たちにふわふわと頼りない風船男、とも言われたな。これは心外だ。というか、本当に分からない。一体どこが風船だと言うんだろう。
風船。
そんなことをとりとめなく考えてから…ふう。俺はため息をついた。
今日は彼女と会うことはできない。俺の心はからっぽで、とても虚しい気持ちになっている。
心を埋めることはどうしたらできるのだろう。俺の心はいつの間にか彼女に依存しているのだろうか。
それでも、俺の世界はどこか眠ったように静かだ。いろいろな感情を忘れてしまったようになる。
夏の苦しみ。暑い空気にじわじわと侵食されて、黒い太陽に溶けてゆく。夏の土のにおいを感じながら、俺は地面に横たわって黒い影になりぼやけていくんだ。
自分を忘れ、世界を忘れ、海も空も太陽も、夏も、すべて存在しなくなる。
倒れたこの体は動かない。そのうち熱い土になり、冷たい水になるんだろう。夏に同化していく…。
何も感じない心、動かない肌と体。目だけが水分をたたえている。こわい光を反射してぬらぬらと気味悪くひかる…。
そして、
ひとすじだけ、涙が落ちる。それはほんの一瞬。後は何もなかったように世界は時を止める。