飛行機雲の人
静まりかえった夏。
目に映る景色すべてがぼんやりして見えていた。
思考もあやふやで、どこか暑さににじんでとけているようだった。
ゆるやかに吹く風は熱風のよう。
夏に、置き去りにされる。
バイトに向かう彼女と別れ、ひとり帰る道。あつくぼんやりとした頭で歩く。
…そして、なんとなくポケットに手を入れて、俺はふと気づいた。携帯が無い。鞄の中をさがす。ない、どこにもない。どこかに忘れてきたんだ。たしか最後に携帯を使ったのは…彼女のメールを確認した、学校の教室。
ため息をつく。
……はぁ、仕方ない。取りに行こう。
俺は来た道を戻った。もう一度学校へと向かう。
いまだにあつい熱気は消えない。
空は夕暮れが近い。
それから、学校で教室の鍵を借り、無事に携帯を見つけた俺は今度こそ家へ帰ろうと廊下を歩いていた。誰もいない校舎は夕日を浴びて赤く染まっている。
空はいつの間にか夕焼けになっていた。
夕日は嫌いだ。赤い色は心を不安にさせる…。すべてを朱色に染めて、影がこの世を覆う。なにもかもが影になる。
燃える赤の夕日に俺の体も赤い色、影になって消えてゆきそうだ…。
みんないなくなるんだ。
もうすぐこの夕日は沈むだろう。世界は真っ赤だ。
夕暮れの廊下。ふと足が止まる。
人影。
廊下の向こう、なぜかまたBがいた。俺はひどく驚いて、言葉が出てこない。
こちらの方向へ歩いてくる。音もなく。
奴は俺をちらりと目だけで一瞥した。いや、あの目がこちらを見たのか見なかったのかよく分からない。
夕焼けは嫌いなんだ。
だんだんとこちらに近づいてきて、通り過ぎていく。
目の前の人間は夕日に赤く染まる。影に埋もれて顔が見えない。
こいつは誰だ…。本当に誰なんだろう…。
すべて分からなくなる。赤い夕日と影に隠れて見えなくなる。
赤、赤、真っ赤だ
俺はしばらくそこに立ち尽くしていた。
夢だったのかもしれない。
夕日は怖い。すべて連れて行かれそうになる。