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暗行御使(アメンオサ)の秘密~燃え堕ちる月~2

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「私がどれだけ我慢しているか、そなたは判っているのか?」
 え、と、凛花が戸惑いを更に大きくするのに、文龍は微笑む。
「私だって、男だよ。恋い慕う女人とこうして二人だけでいて、何も考えないと思う?」
「それって―」
 凛花は頬を赤らめた。男親に育てられた凛花には、男女間の知識は全くと言って良いほどない。亡くなった乳母もナヨンも、そういったことは教えてくれなかった。
 が、奥手な凛花でも、文龍の今の言葉が何を意味しているのかくらいは薄々察せられる。
「正直に言えば、今だって、凛花を抱きたい、このまま自分のものにしてしまいたいという気持ちと必死で闘っているんだよ?」
 凛花は文龍にそう言われて動揺し、更に頬を赤らめた。文龍は自分をからかっているのだと思った。
「文龍さま」
 凛花はごくりと唾を飲み込むと、膝の上でぎゅっと手を組み合わせて彼を睨みつける。意図的な挑発は努めて無視しようとした。
「私をおからかいになるのですね」
 か細い声は、文龍にも届いたらしい。
 文龍が形の良い眉を少しだけつり上げた。
「凛花は私が戯れ言を口にしていると思っているのだね」
 文龍は頷きかけたが、少し躊躇った後、手のひらを上にして逞しい手を開いた。しばらく自分の手を見つめ、思いを決したように身を乗り出してくる。
 その瞬間、ふわりとやわらかな風が凛花の身体を包み込んだ。
「―!」
 凛花は、愕きのあまり、身を固くしていた。風に抱かれたと思ったのは、実は文龍に抱きしめられていたのだった。
「文龍さま?」
 声にも困惑が滲んでいただろうに、文龍の動きは止まらない。凛花を朴直善が狙っていると打ち明けたことが、文龍を煽ってしまったのだろうか。
 凛花の細腰に回された文龍の手にはますます力がこもってゆく。
 凛花は両手で彼の肩を掴み、必死でしがみついた。強い力で抱きしめられ、凛花はかすかな痛みと息苦しさに喘いだ。
 あえかな吐息がふっくらとした珊瑚色の唇から洩れる。
「凛花、済まん。もう自分を抑えられない」
 文龍が唸るように言い、狂おしげに凛花の唇を自分のそれで塞いだ。しっとりとした文龍の唇は燃えるように熱かった。
 初めての経験に戸惑い、怯えながらも、これほどまでに自分が彼に求められているのかと思うと、女としての歓びが湧いてくる。
 角度を変えた口づけは永遠に続くかのように思えた。いつもの穏やかな文龍とは別人のように荒々しく求められ、凛花は翻弄されてしまう。呼吸さえ奪うような口づけに、凛花が空気を求めて僅かに口を開いた。
 その隙に、文龍の舌が巧みに忍び込み、怯える凛花の舌を絡め取り、吸い上げる。互いの唾液が混じり合い、静寂に響く水音が何とも淫猥に聞こえた。
 その音が凛花に堪らない羞恥を呼び起こし、凛花はかすかに身を捩る。
 が、文龍はそれを誘(いざな)いと解したらしく、口づけを深めた。彼の舌から漸く解放された時、凛花の双眸は潤み、唇は腫れていた。
 その何とも扇情的な姿は、これまで文龍が眼にしてきた無垢な少女とはかけ離れていたらしい。文龍は熱のこもったまなざしで凛花を見つめると、いきなり噛みつくような口づけを仕掛けてきた。愕いて身を退こうとする彼女の後頭部を彼の大きな手のひらが押さえ込み、身動きできなくなる。
 二度目の口づけは最初より、更に烈しく凛花の何もかもを奪い尽くすかのようだった。
 文龍の唇がいったん離れ、次に彼の舌が凛花の下唇をなぞった時、凛花は愕きはしたものの、もう顔は引かなかった。
 文龍が手のひらで凛花の胸のふくらみを包む。ビクンと跳ねた華奢な身体に乙女の怯えと恥じらいを感じたらしい文龍は、宥めるように逞しい手で凛花の背を優しく撫でた。
 淡い若草色の薄い絹地を通して、その手の灼けるような熱さが感じられる。文龍の手が乳房の中心をなぞる手つきは絶妙だった。布地の表面に触れるか触れないかのきわどさは、凛花にもどかしいような、もっと強く触れて欲しいような感覚さえ憶えさせ。
 凛花は思わず、そんな淫らな想いを抱いてしまった自分をひどく恥じた。
 文龍の手が動き、服の布地が胸の先端をこする度、身体の中心を妖しいふるえが駆け抜け、やがて、その未知の感覚は漣(さざなみ)のように下半身から全身へとひろがってゆく。
 はしたないと思いながらも、凛花は溜息混じりの声を洩らし、文龍の首に両腕を巻き付けた。
「凛花」
 文龍が凛花を腕に抱いた姿勢で、そっと床に横たえる。流石に、これには凛花も抵抗した。
 文龍は涼しい顔ながら、強い力で凛花の持ち上げた両手をその場に縫い付けようとする。
 凛花は懸命に頭を働かせた。
「わ、私も文龍さまが私を心配して下さっているのと同じように、あなたさまの御身を案じているのです。だから」
「だから?」
 意気込んで言った凛花に、〝そうだな〟と文龍が瞳をやわらげる。その切れ長の双眸から思いつめたような光と燃え盛る焔が消えた。
 どうやら、すんでのところで文龍はいつもの彼らしさを取り戻してくれたようだ。
 凛花は心から安堵した。
 もちろん、文龍を嫌いだから、拒んだわけではない。だが、今夜、文龍がいつになく積極的に求めてくる原因はやはり、凛花を朴直善が狙っていることにあるに違いない。
 つまり、判り易くいえば、直善への敵愾心が文龍を常になく駆り立てているのだともいえた。そんな状況で結ばれる―というのは、いかにも哀しすぎる。こういうことは、ちゃんと手順を踏んで、互いに甘い雰囲気になって自然に行うものだろうし、できれば、来春の祝言までは今のままの二人でいたい。
「済まないな。どうも今宵の私はどうかしているようだ。そなたが止めてくれなければ、このまま凛花を無理にでも抱いてしまうところだった」
 慈しむような笑みを向けられて、凛花の心臓がふいにトクンと、高鳴った。
 文龍の手を借りて、凛花が身を起こす。これまでの自分たちでは考えられないような濃密な時間を過ごしたことが、嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
「そなたの気持ちはよく判った。私のことをそこまで想ってくれて、ありがたいし、嬉しいと思っている」
 文龍が少しの躊躇いを見せ、思い切ったように言った。
「実は、私も朴直善に逢っている」
 凛花の可憐な面に驚愕の表情が浮かぶ。
「三日前のことだ」
 文龍の声は苦渋に満ちていた。彼もまた、一連の出来事を包み隠さず話してくれた。むろん、〝どんな手段を使っても奪って見せる〟とまで脅してきたことまでは文龍は凛花に告げなかった。直善の科白すべてを凛花に伝えても、いたずらに凛花を怯えさせるだけだと判断したからだ。
 愕くべきことに、朴直善は王宮内で通りすがりの文龍を呼び止め、事もなげに
―あの娘を譲ってくれ。
 と言ってきたという。
「私は物ではありません。そんな風に好き勝手にやり取りされたくない」
 瞳に熱いものが溢れる。
 漢陽の町で二度目に出逢ったときのあの男―朴直善の言葉がありありと耳奥にこだまする。
―私はこれまで自分の欲しいものを他に譲ったことはない。他に奪われる前に、必ず我が物にしてきた。今回もそれは例外ではない。