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分化するとき

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 それから数ヶ月経って、週の何度か夕飯を共にするのが生活の一部になりつつある頃だった。ジェンカから譲り受けた通信機を解体し、設計図に書き写し、素材や仕組みの把握がほぼ出来たという状態だったのだが、どうしても予想した通りの動きをしない。もしや何処かに部品を落としてしまったかとか、紛失してしまったのではないかと二人で大がかりな捜索をしてはみたものの、家の中では見つかる気配が無い。夕方近くまで探しても見あたらず、もしやあの日、ぼうっとしていた事もあって落としてしまったのではないか、とソラはがっくり肩を落とした。そんなソラの様子とは対照的に、ムギは頭を抱える事も無く、何度かソラの製図したものをまた暫く見てから、何かひらめいたように顔を上げる。
「なぁ、ここってさ、何で隙間あるんだと思う?」
「何でって……元々どこかに備え付けで繋がってたとか?」
「……いや、これは多分、ハンドルか何かが入るんじゃねぇかな。この隣の接続部がすごく変わった形してるし」
 そう言いながら、ムギが図面を指で追う。ソラはその話を聞きながら、そうかもしれない、とムギに言っているのか自分に言っているのか分からないような口調で続ける。
「じゃあ……動力源からこっちに向かってるんじゃなくて、こっちから回して入れてたってこと?」
「そうかもな。聞いた話だと、文字とか画像を魔導器で変換したやつを送受信するんだろ? 勝手にこいつが動作するのにはソラが言うように、備え付けでもしないと多分ムリだ。でも、備え付けるとすると標準型のソケットはこの形じゃない。ってことは……」
「あ、そっか。……うーん、でも、貰った時はハンドルなんて付いてなかったよ? 第一、そんな出っ張りあったら僕が気付いてるし」
「勝手に動かさないように、元々取り外しが出来るヤツなんじゃねーかな? まだジェンカの家にあるのかも」
 言葉を続けながらも、二人は組み立て直したばかりの通信機を横に倒しながら確認をしているため、意識はその窪みと製図を見比べる方へと行ってしまって、言葉そのものは形骸化している。特徴的な形をしているから、きっと見つけたらそのまま持ち帰っても悪い事は言われまいと、後で探す事は暗黙の了承といった形になっていた。ジェンカもまた渡し忘れたのだから、わざわざ公務を遮ってまで探してもらう事も無いだろう。
「うーん、あと少ししたら階段修理に来てくれって頼まれてるし、先に行って探しておいてくれねぇかな」
「ん。分かった。もう出るの? もしそうなら、途中まで後ろに乗せてって」
「おー」
 ムギは話を聞きながら、腰のポーチに使うであろう金槌や木槌を拾って差し込んで準備を済ませていた。釘は確かあっちで用意してくれるという話だったからと、身軽に作業場を出て行く。先に外で待っていると言うと、ソラは大きく背伸びをして、分かった、と返したが、既にムギはそこにいなかった。持ち帰るハンドルの大きさについて正確な予想はつかなかったが、きっと取り外しが出来るくらいなのだから、あまり大きいという事も無いだろうと、腰につけたポーチのベルトにくくりつける事に決めた。思った以上に身軽なまま向かう事が出来るなと、少し機嫌を良くしながら戸締まりの確認をする。作業場自体は火事や何らかの衝撃にも十分耐えられるほどの厚みがあるので突破される事はほぼ無いだろうが、鍵に関しては脆弱なため三重に施錠をしている。もし空き巣が依頼の品を狙ったとしても、ここに入ろうとする事は非効率的で避ける筈だ。ソラは鍵を掛けた後もドアノブを捻って念入りな確認をしてから、外に出る事にした。


 いつもよりも早く着いた事もあって、玄関が開いているかという事を考えるのを忘れていた。ドアノブに手を掛ける直前になって気付いたため、もしやと思ったが、鍵はかけられていなかった。もし開いていなかったとしても、わざわざ呼ぶというのは迷惑だろう。訪問すると大抵静かだったが、今日はまだ自分しかこちらの棟にいない為もあってか静寂が耳をつんざくようだ。何もやましい事などは無いのだが、つい足音をたてないように歩いてしまう。
(多分、通信機のあった部屋だから……こっちかな)
 やっと最近になって、どの部屋が何に使われているのかが把握出来るようになってきた。玄関から6つ程西へ行ったところの角部屋はかつて執務室として利用されていたようだが、西日を嫌ってか、今は物置のようになっていた。その当時の本棚や机なども置いたままで、ソラは内心何かまた譲って貰えるのではないかなどと淡い期待を寄せていた(無論それがかなうなどとは思っていなかったが)。
 部屋の前に来たものの、どうやらこちらに関しては鍵が掛けられているようだった。少し考えてから、ごめんなさい、と鍵穴の前にしゃがんで両手を合わせ、ポーチからピッキングツールを出す。緊急時や、依頼以外ではあまり開けてはならないと思っていたのだが、今はきっとその緊急時なのだと解釈して、まず鍵穴の形を見極める。廊下の突き当たりの窓から沈みかけの日差しが入ってきている事もあって、視界は明るい。古い建物である事や、一部に収集目的で飾っている家具も多い事から、もしこの扉そのものがアンティークで、かつ名工の鍵職人が製作したものであったらきっとお手上げだろう、などと思いながら目を細める。だが、そんな考えが頭にあったためか視界が曇っていたようで、少し目を離してみると、どうやらこの扉は古いわけでもなく、新しく付け替えられたもののようだった。きっと改装と同時に扉も変えたのだろう。ソラは肩透かしをくらったようで少し溜息を吐いたが、仕事の要領で集中するとすぐに扉は開いたのでそのまま入る事にした。
 遮光のカーテンの所為もあって、部屋は薄暗い。南の大きな窓にかかるカーテンと窓を開けると、玄関先に続く石畳が見える。後からムギは来ると言っていたのだから、それまでに見つけて鍵も閉めておかなければならないだろう。辺りを見回すと、丁度通信機が置いてあったとおぼしき場所がぽっかりと空いていた。棚の上に乗っていたのだが、その後ろに落ちているのかと覗き込んでみるものの、埃が舞っただけで見つかる事もない。ソラはげほげほと咽せると、棚に引き出しがあった事に気付く。ここだろうか、と手前に引いてみると、途中で何かが引っかかっているようで半分も開かない。当たりだ、と手袋を外してポケットに入れると、棚の奥に手を突っ込む。見たところ、引っかかっているだけで他は何も入っているわけではないようだったので適当に奥まで手を伸ばしてみると、中指の先につるりとしたものが当たる。なんとか引っ張り出そうと目一杯手を広げ、引き出しを押し込みながら指に当たったものを横へと弾く。それからぐっと引き出しを手前に引くと、完全に取り出す事が出来た。
「――あった!」
作品名:分化するとき 作家名:ゆきしろ