分化するとき
話によると、首都とこの村でのやりとりをするためのものらしい。今はラジオといった受信のみの機能を有するものしか家には無いのだが、これは文字や、とても粗くはあるが画像も一部送信する事が出来るとのことだ。タダで夕飯をご馳走になった上にこんなにも高価なものを受け取るとなったのでは気が引けると最初は断ったのだが、仲良くなれた記念に、と言ってジェンカが譲ろうとしなかったため、結局両手で抱えるほどの大きさの手土産を持って帰る事になった。そこまでの重さは無いのだが、これを手で持って家に帰るとなると荷物になるので自転車の荷台にくくりつける事にした。後ろに通信機が座っているため、二人乗りが出来ないからと手で押しながら帰る事にする。少し早めに仕事を切り上げてジェンカの家に来たため、他の家は丁度今が夕食の時間だろうか。見送られて帰路に就く、少し歩いてから、でこぼこした道に差し掛かるとソラは通信機の心配をしたが作りが頑丈そうなので、落としても大丈夫じゃないか、とムギの意見を受け容れる事にする。どの料理が一番美味しかったとか、今度家でも作れるかといった話をしているうちに、いつの間にか沈黙していた。
何となく、その沈黙の理由も分かっていた。そう、これからどうするのか、これで寧ろ分からなくなったのではないか、という事だ。もしも今日の晩餐において今把握している自分達が管理し得る権利の具体的な説明や、養子になった場合に2年経過した後はどうするのか。そして今、二人の間で考えている首都への出店など、話さなければならない事はたくさんあった筈だ。焦っても仕方が無いから、まずこちらの警戒を解くためにもああして誠意を示してくれていたのかもしれないが、今や自分達にとっての誠意とは性格といった類のものではなかった。自分達が無知であると思った上の気遣いとしてああしているとすれば、寧ろこちらとしては更に知恵としての知り得る限りの事を知りたいと思う。ただ、彼の志向する、まずはちゃんと知り合う事から、というのもあながち間違っていない話だ。
「……ねぇ、ジェンカのこと、どう思う?」
「……悪い人じゃねぇ、と、思う……今のところは」
今のところ、という条件はソラにもまた同意出来る事だった。そう、まだよく彼を知らないのだ。そんな状態で、どう思うか、というこれは愚問だったろう。ただ、どうしてもムギに何かを聞きたい気持ちだけがあって、よくまとまらないうちに吐き出してしまった。ムギもまたソラのそわそわした様子に気付いているようだったので、あまり気にしてはいないようだった。
「まだ全然分からない。でも、こうしてジェンカはオレらに手を差し伸べてくれているっていうのは事実だ。だから、今はどんな形であれその手を取らないわけにはいかないと思う。最終的に頼る先がジェンカかどうかは別として、今は、そうするしか無ぇかなって思う」
ムギは振り返らないまま、一気に言葉を続けた。ソラもまた、このまとまらない考えが中途半端に伝わってしまって、かえって自分が混乱してしまわないようにという思いもあって物理的にムギから少し離れて歩く。通信機が落ちてしまわないか気にするふうにしてゆっくり歩くが、まだ家に着くのが嫌なだけかもしれない。
「うん……そうだね」
そしてまた、沈黙が訪れる。満月までには少し足りていない月が、冷え冷えと辺りを照らしている。満ちようとする事に迷いを覚えながら、満月となるよりも濃い黄金色を放つそれは、じりじりと頬を焼いているかのようで。ふとした時にそっと頬へ手をやると、焼け焦げるような感覚すら覚えていたというのに、寧ろ死人のように冷たかった。それでも、皮下では熱が燻っている。内に籠もる、ごぼごぼと沸騰した違和感や不安、焦燥感の坩堝はどこにも穴一つ無いようで、行き場を失ったまま言葉にすらならない。お互いにそんな器を内に抱えたまま、灼熱の冷気に晒されてひたひたと歩き続けるしかない。
虫すら鳴かない、それはとても、とても静かな夜だった。