涙のわけ / 詩のようなもの
東京の夜
とあるなま暖かい春の宵、ひとりのジーンズのつなぎを着た白鬚の老人と、ひとりの髪の長い若い女が、腕を組んで、おおきな青い月へとつづく、ながい坂道を、歩いていた。
シグナルが赤になって、ふたりは立ち止まった。
「俺はもうじき死ぬよ・・・・・・」
「馬鹿なこと言わないでよ」
女は言った。
彼らは祖父と孫であったろうか。恋人であったろう。
わたしは、寄り添う彼らの傍らを通り過ぎ、ながい坂道を、ゆっくりと、ひとり、黙って、おおきな青い月へ向かって、昇っていった・・・・・・。
作品名:涙のわけ / 詩のようなもの 作家名:池本浩一