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An empty angel─信頼の意味─

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そして、今。
彼の目の前には銃口と金の瞳が輝いていた。
幻かと思いながら瞬いてみる。それでも目の前に立つ小さな姿は消えない。
それはもう、この世には存在しないと思っていた人だった。
国の思惑に踊らされ、死間として敵国に赴き、彼を含めた部下全員の命と引き替えた身を敵国の処刑台に投げ出した。それきり遺体すら戻ることのなかった人だ。
「……少佐?」
目の前の姿が。そして揺らがない瞳の突きつけてくる銃口の冷たさが信じられず、彼は呻くように呟いた。
「退きなさい、中尉」
「少佐?」
「さもなくば、そちらの部隊を全て滅ぼし、もって、この地を平定する。……それだけのこと」
「少佐!?」
金の髪の少女は、彼の見覚えている時よりも伸びた髪を緩く縛って背に流していた。それを手で軽く払うと、僅かに呆れたような笑みを頬に刻んでみせた。
「聞こえないか」
「正気ですか!」
「元より。……返答は如何に?」
「我々を滅ぼす? どうして、そんな言葉を仰るのですか!」
「知れたこと」
何を馬鹿なことを、と。
彼女の副官と呼ばれ、任を務めるべく傍らにあった短い時間。その頃に何度も見たのと同じ表情を、白く繊細な面に浮かべながら、少女は返した。
「私は貴方達の敵だ」
「我々は、少佐、貴方の部下です!」
「……は」
叫んだ瞬間、少女は唇を歪め、ついで嘲るような声を吐きだした。
「──笑わせてくれるね、中尉」
「少佐……?」
「まったく」
くつり、と笑う声。綺麗な笑みを浮かべたまま、少女の銃口は一度たりとも揺らがない。
印象的な金の瞳は、そらされることもなかった。
「言った筈だ。……私はいらない、と」
「……貴方を信じて守ろうとする者など、いらないと……」
「覚えているじゃないか」
──なのに何故、分からないのだ。と、少女は、問うというよりも自身に話しかけるような声で言った。
「何故……」
「何故ならね、中尉」
少女の浮かべる笑みの種類が、僅かに変わった。ふわりと柔らかく、むしろ優しいともいえそうに暖かみのある表情だ。
言葉遣いこそ堅いものの人当たりは良く、場を和ませる雰囲気を纏うことが多かった少女は、時々で雰囲気をがらりと変える。彼を嘲笑うようにも、惑わすようにも。そんな彼女に振り回された記憶は未だに鮮明だ。
だが、これ程優しげに少女が笑ったことはない。状況も忘れ、彼は一瞬だけ見とれた。
それは、次の言葉が耳に届くまでの、ほんの僅かな時間だけのことだ。
「最初から私は、貴方達の敵だからだ」
「……少、佐?」
「言った筈だよ、中尉」
銃を構えた少女は、美しく微笑んだまま姿勢を変えない。
「私の命も、この身も、脳も心もただ一つ。ただ一人のためだけに存在するんだ。……もう私は選んだのだから」
「…………何……を」
「だから私は、同期も戦友もいらない。いらなかった。守るべき背中は一つだけ。私が向ける銃口は、死という名の敵意は、貴方達に向かう」
「……何故……っ?」
彼は叫ぶ。
けれど、少女は答えなかった。
「言った筈だ、中尉」
微笑みが歪むことも、もうなかった。
「これが、私なりの誠意だよ」
ただ、その時。引き金が引かれることはなかった。

作品名:An empty angel─信頼の意味─ 作家名:Bael