An empty angel─信頼の意味─
結局、彼は殺されずに済んだ。他の仲間達と共に牢に押し込められ、祖国と敵国との複雑な政治交渉の後、荷物のように送り届けられることになった。
争った領土は、その時点で敵国の所有するものとなった。闊歩する人間達の軍服も皆、彼にとっては警戒心を惹起させるデザインばかりだ。
その中に、彼の求める金の色を見ることは、ついぞなかった。
ただ一度だけ。彼らが祖国に送り返される直前。輸送機に荷物の如く詰め込まれ、息も苦しく思いながら丸い窓より外を見ていた時のことだ。
敵対国まで赴く重要任務を負った輸送戦艦の乗組員達に、それなりの地位にあると思われる者が声をかけ、激励をしている。そんな場面だった。
声をかけている中に、長身の男が一人いた。
敵の主戦力である機甲師団の長。その程度の知識は、彼にもあった。だが、彼が目をとめたのは、その男にではなかった。
男の隣に立っている金色の髪の女。真白の軍服をきりりと着こなした、ほっそりと小さな姿。それに目を奪われた。
彼の見る窓は小さく曇っていた。そして、情景は遠かった
だから、本当は分からなかった。
その女の瞳が何色かなどと、分かる筈もなかった。
女は、一度も輸送船を見上げなかった。
分かる筈もなかった。
……分からなかった。
だが、彼はその時、拳を握りしめながら唇を噛みしめた。
──私は選んだから。
小さく、それでいて尊大に大きく才に溢れながらも不幸であった筈の少女――彼がそう思っていた彼女は、優しすぎる程の笑みと共に言い放った。
彼には分からない。
彼女の選択が、いつ、為されたものなのか。
そして、何故、為されたものなのか。
彼女が心の中で何を思い、何を選んで何をしたのか。そしてこれから何をするのか。何一つとして、彼には分からなかった。
彼は、彼女の部下だった。
副官だった。
それは一つの事実であり、けれど、ただそれだけの事実だった。
彼が彼女を信じていたことと同じように。
彼女が信じるなと言っていたことと同じように。
それはそれだけのこと。
全て、無意味なことだった。
それだけのことだったのだ。
作品名:An empty angel─信頼の意味─ 作家名:Bael