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みのるくんとしずくちゃん

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 しずくちゃんがみのるくんの耳元で囁きました。
「あの人たちは、鳥と手を結んでいるんです。鳥の餌となる虫たちの住処を教えるかわりに、自分たちの身の保障をしてもらっているんですよ。実際に彼女たちに反抗して鳥に食べられてしまった仲間もいるんです、ですから……」
 どうやらあけみちゃんがしずくちゃんを問い詰める際に言っていたことは、知ってか知らずかはともかく、真実だったようです。
 しかしそれでもみのるくんはたじろぐことなく歩みを進めます。
 まるで誰の言葉も聞こえていないかのようです。
 やがて二匹は花の頂上までやってきてしまいました。
 下の方の葉に群がっていた蝶たちは、彼らが通り過ぎるとき一瞬身がまえましたが、何もしないのだとわかると途端に元の落ちつきを取り戻し、
「ふ、ふん、何よやっぱり何もできないんじゃない。しずくちゃんにはぴったりな殿方ね」
「ええ、本当に! すごく控えめなお方なのねぇ」
 などと再びからかい始めました。
 しずくちゃんは何も言い返せない自分が悔しいのか、小さく身体を震わせています。
 みのるくんはそんなことなどどこ吹く風で、空をぼーっと眺めています。
 すると、ふいにその頬に笑みが浮かびました。
「やっと晴れたね」
「え?」
 何が何やら、といった様子で上を見上げたしずくちゃんの顔に、光が差しました。
 いつのまにか雲がすっかりなくなり、頭上には一週間ぶりの青空が広がっています。
「日向ぼっこしようよ」
 みのるくんはしずくちゃんの顔を見てにっこり笑いました。
「もしかして……この数日間、ずっと晴れるのを待ってたんですか?」
 告白してから今日まで、雪続きだったことを思い出しながら、しずくちゃんはききました。
 みのるくんは何も答えずに一瞬目を閉じ、こう言いました。
「羽、広げてみてよ」
「えっ……? いや、無理ですそんなの」しずくちゃんは慌てて拒否しました。
「でも、この前は飛べたじゃない」
「あの時は必死で……それに私、地味なんです。こんな所で羽を広げたら、またあの人たちに馬鹿にされる」
「大丈夫だよ、しずくちゃんは綺麗だから」
「そ、そんな……やめてください、心にもないことを言うのは……」
 必死に断るしずくちゃんを見て、みのるくんは足元の黄色い花弁を指さしました。
「クロッカスの花言葉、知ってる?」
「いえ……」
「『僕を信じて』、だよ」
 しずくちゃんはハッとした様子でみのるくんの顔を見つめ、少し顔を赤らめました。
 みのるくんは笑顔で正面から彼女を見つめ返しています。
 その顔を見て、しずくちゃんは思いました。
 笑われるのが何だっていうの。
 別にどうでもいいじゃない、そんなこと。
 他でもないみのるくんが、私にお願いしてくれてるんだもの。
 信じてくれてるんだもの。
 しずくちゃんの小さな体を縛り続けていた緊張という名の細い糸が、彼女の吐き出す息とともに一気にほぐれていきます。
 そしてきつく閉じられたままだった二枚の羽もそれに従って力を緩め、少しずつ、少しずつ両側に開いていきました。
 それはまるで、傍らに居る愛しい王子様の姿を瞳に映そうとゆっくり開かれていく、眠り姫の瞼のようでした。
 開ききった羽を見てまず最初に声を上げたのは、下の方から様子を窺っていた蝶たちでした。
「えっ……あれ、しずくちゃんですわよね?」
「そんな……自分の目が信じられないわ……」
「きれい……」
 滑らかな黒地の上に、サファイアのような紫がかった鮮やかなブルーが浮かぶその羽は、優しい日差しを浴びてきらきらと輝いています。
 特に美しいのは、右の羽に黒で縁取られた雫の模様です。そこだけは他と違って薄い水色をしており、まるでこぼれ落ちた一滴の涙のように、淡くゆらめいています。
 その美しさに誰よりも戸惑っていたのは、しずくちゃん本人でした。
 夢かまことかわからなくなっているのでしょう、何度も自分の頬をつねっています。
 そんなしずくちゃんを見て、みのるくんは言いました。
「ほら、やっぱり綺麗だ」
 

 打って変わって東塀。
「実はですね、あけみさん」
 やっと意識を取り戻したごろうくんが、塀の下から声をかけました。
「なによ、今度余計なこと言ったら命はないわよ?」
「いやいや、もうからかったりしませんから、勘弁してくださいよ」
 あけみちゃんはまったく信用していないような顔つきをしていましたが、
「……ふん、わかったわ、とっとと話しなさい」
 と意外とあっさり言いました。
 ごろうくんはほっと一息ついて、言いました。
「実はですねえ、アニキは今日最初から行くつもりだったんですよ」
「はあ? 何言ってんのよ。後付けでフォローしようったってそうはいかないわよ」
「いや、ほんとですって」
「……まったく、何か根拠はあるわけ?」
「思い出したらしいんですよ、初めて会った時のこと」
 あけみちゃんは怪訝な顔をしました。
「それのどこがどう根拠なの?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。話には順序ってものがありますからね。まずアニキとしずくさんの出会いですが、しずくさんの言った通りなら、彼女はその時暑さと渇きで死にそうになっていたわけです。だからアニキがしずくさんを背負って水たまりまで連れて行ってあげた」
「うん」
「しかしアニキは背負って水たまりまで歩いたことに関しては思い出せていないそうなんです。アニキが思い出したのは、水たまりと、羽の模様だけでした。アニキの記憶にあるその模様は特徴的で、他に類を見ないようなものだったそうです」
「模様、ねぇ。それを確かめればあの蝶の言ってることが本当かどうかわかるってことね」
「その通り」
「……でも、納得いかないとこがあるわ。あの蝶は自ら羽を開くことができないはずよ?わざわざあたしたちを歩いて追いかけてくるくらいだもの。羽を開けない相手の模様を見るなんて無理だわ、やっぱり別の蝶だったんじゃないの?」
「そこですよ、あけみさん」
 待ってましたとばかりにごろうくんが言いました。
「もし、羽を開けないというのが真実ではなかったとしたら? よく考えてみてください、しずくさんは、アニキとあけみさんを追いかけるとき、一時的にでも飛んでいたんですよね? 羽を開くことができないのに、飛ぶなんて可能でしょうか? 不可能でしょう。いくら必死だったとはいえ、気持ちだけでどうにかなってしまうほど飛行とは容易なものではないと思います」
「……つまり、どういうこと? 嘘をついてたってこと?」
「いえ、そういうわけでもありません。しずくさんは本当に開けないんです。ただし、自分の意志では、ですけどね。いや正確には、そう思い込んでしまっているんですよ」
「ちょっと、ますますわからなくなってきたわよ? ちゃんと説明しなさい!」
「もちろんです」とごろうくんは言うと、わざとらしく咳払いをしました。