小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

みのるくんとしずくちゃん

INDEX|6ページ/6ページ|

前のページ
 

「おそらく、しずくさんは、自分でも意識できない心のどこかで、『羽を開きたくない』と思っていたんです。いえ、より厳密に言えば、『羽を見せたくない』ですかね。あけみさんは実際に接してみておわかりでしょうが、しずくさんは過度に自分に自信がありません。自分は醜いんだと思いこんでしまっているんです。見せたくないから自分に言い聞かせるんです、『私は羽が開けないんだ』、とね。飛ぶことができたのもその裏付けになりますよ。飛んでいる時って当然羽は高速で動いていますから、模様が見られる心配はあまりないんですよ。そのことも心のどこかで知っていたからこそ、羽を開き、飛ぶということができたんです」
「……うーん、とりあえず本当は羽を開けるんだってことはわかったわ。でも、基本的には本人に開く意志がないんだから、初めて会った時に羽を開いていたっていうのはやっぱりおかしいんじゃないかしら?」
「それは確かに、一理ありますね。しかし、初めて会った時のしずくさんの状態を思い出して下さい。彼女は死に瀕していて、ろくに歩くこともできなかったんですよ?」
「……なるほど、羽を閉じる体力が残されていなかった可能性が高い、ってことね」
「ご名答」
 ごろうくんはにやりと笑いました。
「そういうわけでアニキは、事の真偽を確かめるためにしずくさんに会いに行くつもりだったんですよ」
「へーえ。……でも、そう思ってたならなんで早く行ってあげなかったの? 雪の中何日も待たせるなんて、どうかしてるわ」
「それは、雪だったからですよ」
 あけみちゃんはこの言葉に、首を傾げました。「どういう意味?」
「あけみさんは、しずくさんが人間たちに何と呼ばれているか知っていますか?」
「……知らないわ」
「ムラサキシジミ、です。ムラサキシジミは、成虫の姿のまま冬を越す珍しい蝶ですが、もちろん冬の間はむやみに外を飛び回ったりしません。彼らが外出するのは、よく晴れた、割合暖かい日のみなんです」
「それでわざわざ晴れるまで待ってたの?」
「はい、羽を開く可能性は少しでも上げておきたいですからね」
 ふーん、とあけみちゃんは言いましたが、説明をされてもやはり釈然としないものがありました。
 そもそもあの能天気なみのるくんがそこまでいろいろ気を回すものでしょうか。
 そう思ってあけみちゃんはごろうくんに尋ねてみました。
「今の話って、みのるから直接聞いたのよね?」
 するとごろうくんはあっけらかんとしてこう言ってのけました。
「へ? いや、違いますよ?……名探偵俺の、超絶推理です!」
 呆然とするあけみちゃん。
「あ……あんた……今のぜんぶでたらめだったの…?」
「いや、模様を思い出したのは本当らしいですよ? その他は俺の鋭い観察眼と卓越した論理的思考能力でもって――」
 最後まで言い終わる前に、あけみちゃんは塀の上からごろうくん目がけてダイブしていました。
「もういっぺん……死んどけやあああああああああああ」
「え!? え!? ちょ待ってくだ……なんで!? な……いやあああああああああああああ」


 もうすぐ日も暮れようという頃になって、ようやくみのるくんは帰ってきました。
「遅かったじゃない」
 とあけみちゃんがいつものように声をかけてきましたが、朝の過激な仕打ちが未だ脳裏に焼き付いているみのるくんは、思わず身構えつつ、
「中庭で日向ぼっこしてきたんだ」
 とだけ答えました。
「……ふーん、日向ぼっこねぇ。良かったわね、不健康なあんたにはぴったりだったんじゃない?」
 皮肉まじりなのは相変わらずですが、あけみちゃんは心の平静を取り戻しているようです。
 みのるくんは一安心して、自分の住処まで這い上がりました。
「ずいぶん疲れてるみたいね」
「……え? ああ、うん。森まで行って、そこからさらに中庭だからね。こんなに歩いたのは初めてかもしれない。今日は早めに寝るよ」
 みのるくんはそう答えながら、不思議に思いました。
 なんだか、さっきからあけみちゃんが優しいような気がしないでもないな……
 ここで「一体何を企んでいるんだろう……」と疑心暗鬼に陥らないあたりがみのるくんです。
 彼が辿り着いた答えは、「触らぬ神に祟りなし」、でした。
 そうだ、ひとまず僕に矛先が向いていないのだからそれでよしとしよう。……そういえば、ごろうくんの姿が見えないな……いや、余計なことは考えるな、自分の身の保障が最優先だ。
 その時、大きな影が二人の頭上に現れました。
 さとこちゃんです。
「こんにちは、みのるくん!……あれ? こんばんはかな? まあいいや! あのねみのるくん、今日はありがとう! お庭にちょうちょさん連れてきてくれたの、みのるくんだよね!?」
 その時あけみちゃんの周囲の空気がずしりと重くなったことに、みのるくんは気づきませんでした。
「すごくきれいだったなあ、あのちょうちょさん。ずかんにのってるのよりもずっときれいだった! 本当にありがとねみのるくん!」
 それだけ言うと、さとこちゃんはスタスタと駆けていってしまいました。
 夕飯の時間のようです。
 さとこちゃんの走っていった方をぼーっと眺めながら、みのるくんは心底幸せそうな顔をしています。
 そんなみのるくんが、自分の置かれている状況の危険さに気づけるはずもありませんでした。
「……なーるほどぉ、そういうことだったのー」
 強烈な殺気によって、みのるくんはようやく我に返りました。
「あ、あけみ……さん?」
「そうよねぇ、あんたが人のためにわざわざ遠出するわけないもんねぇ? ぜーんぶあの小憎たらしい小娘のためだったわけね」
「いや、ちょっと待ってそれは誤解で――」
「言い訳してんじゃないわよ! この変態、ロリコン、女ったらし!」
「うっ……うわあああああああああああああああ」


 
 どうやら、長いこと寒さに凍えていた東塀にも、活気が戻ってきたようですね。春の訪れはもうすぐそこです。お天道様も今頃、雲の上で笑顔をつくる練習をしていることでしょう。その練習が終わる頃に始まるのは、蝶たちの楽しげな舞踏会です。良ければあなたも加わってみては如何でしょう。もしかしたらその中に、かすかな、でも確かな輝きを放つ、一滴の雫を見つけられるかもしれませんよ。