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みのるくんとしずくちゃん

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 ところで磯村家についてですが、前述のごとくこの一家は三人家族で、構成員は、お父さん、お母さん、さとこちゃん。昼間に庭をうろうろしていてもいるのはさとこちゃんだけなので、虫たちは安心して外出できます。
 昔はお兄さんもいたそうですが、ここ数年間は姿を見せていないらしいので虫たちにとってはパラダイスです。
 そんな楽園の天使、さとこちゃんは、明るくみのるくんにあいさつをします。
「おはよう、みのるくん! 今日も寒いねー。風邪とか引いてない? 大丈夫? ていうか珍しいねみのるくんがお外出てるなんて! どうしたの? どっか行くの? あ、隣の子も見たことある! お隣さんだよね?……あー、気づいちゃった! わたし気づいちゃったよ! 彼女でしょ? がーるふれんどでしょ? でーと行くんでしょ? もお、みのるくんも隅に置けないなあ、うふふ」
 これが「あいさつ」です。さとこちゃんはおしゃべりなので、一息でものすごい量の言葉を吐き出します。
「だ、誰ががーるふれんどよ! ふざけんじゃないわよ! こいつはただの身代わりよ、それ以上でも以下でもないんだから!」
 何故か顔を真っ赤にして叫ぶあけみちゃんですが、もちろんさとこちゃんには聞こえません。
 みのるくんはやれやれ、と言いたげな様子であけみちゃんを押しのけ、体を持ち上げてさとこちゃんを見上げました。
「うん? 何かな?」
 さとこちゃんはそれに気づいてしゃがみこみます。
 みのるくんは首を反対側に――西北に向けて、二、三歩前進してみせました。
 さとこちゃんにはこれだけで十分です。
「ああ、あっちに行きたいのね! 任せて!」
 さとこちゃんはにぱっと笑うと、図鑑と虫めがねをランドセルにしまい、両手で優しく二匹のミノムシを包み上げ歩き出しました。
「あのね、今日は雪がいっぱい積もってるから学校おやすみなんだよー いいでしょ!……あ! ランドセルいらないじゃん! わたしバカだね! えへへ! 雪といえばみのるくん、最近は虫さんあんまり見なくなったね。寒いからお部屋出たくないのかな? 早く春になればいいのにね。虫さんいないとつまんないよ……あ、もちろん、みのるくんだけじゃつまんないとかそういう意味じゃないからね? そういうことじゃなくて、わたしが言いたいのは、ちょうちょさんとか、あおむしさんとか、いろんな虫さんが居た方が何倍も楽しくなるよね、ってことだから!」
 足を進めながらもさとこちゃんは喋ることをやめません。
「はあ、まったくうるさい子ね……わざわざ運ばれなくたってすぐ着くってのよ。大体小学4年生にもなって虫好きな女の子って今日びどうなの? あたしはこの子の将来が心配だわ」
 皮肉を織り交ぜながらぶつぶつと文句を垂れるあけみちゃん。
 しかしみのるくんは幸せそうな顔をしてさとこちゃんの話を聞いているばかりです。
「まったく、どいつもこいつも……」
 みのるくんのアホ面を目の当たりにしたあけみちゃんは、そう言って「かよわい女の子」には到底出せないような凶暴なオーラを放ちながら寝そべっているのでした。
 ときどき、さとこちゃんの肩の向こうに目をやりながら。
 
 数十分後。
 二匹は森の中を歩いています。
 さとこちゃんが北塀まで送り届けてくれたので、そこから飛び降りる(実際はあけみちゃんが嫌がるみのるくんを突き落としたのですが)だけで話は済みました。
「行きはよいよい、帰りはこわい、っと……」
 みのるくんが早くも帰りに塀を登る苦労を憂いていると、先導して枝を集めていたあけみちゃんがふいに立ち止まりました。
「どうしたの? いいの見つけた?」といかにもどうでもよさそうな様子でみのるくんが尋ねると、あけみちゃんは小さく「しっ」と言いました。
 見るとあけみちゃんは体を強張らせて何かに意識を集中させているようです。
 そういえば森に入ってから、どことなく挙動不審というか、心ここにあらず、って感じだったよな、あけみちゃん。
 そう思い、みのるくんが記憶を辿っていると、突然あけみちゃんが「そこか!」と鋭く叫び、勢いよく斜め後ろを振り返りました。
 あけみちゃんの視線の先にあったのは、ただの落ち葉の山です。
 しかししばらくするとそこから小さな影がガサゴソ音を立てて這い出してきました。
 現れたのは、一匹の蝶でした。
 きつく閉じられた羽は、地味な灰褐色でみすぼらしく、傍目には蝶だか蛾だかわかりません。成虫なのに幼虫のみのるくんたちより少し大きいくらいの体長で、さらにうつむいて目を伏せているので余計小さく見えます。
「やっと姿を見せたわね」とあけみちゃんは物怖じせずに言いました。
 少しの間ぽかんと口を開けて成り行きを見ていたみのるくんでしたが、やがてこう尋ねました。「『やっと』って……もしかして、ずっとつけて来てたの?」
「ふん、のろまのみのるの割にはいい所に気がつくじゃない」あけみちゃんは尊大に鼻を鳴らしました。「そうよ。こいつは今日ずっとあたしたちの後を追ってきていた。それだけじゃないわ。こいつ、ここ一週間、かなりの頻度で東塀へやって来てはあたしたちのことを監視していたのよ。姿は見えなかったけど、ずっと嫌な気配を感じていたもの」
「監視……ねぇ」
 みのるくんはその言葉の厳格さと、目の前の弱々しい様子をした蝶の姿に、何とも言えないギャップを感じました。
「今日はばれないように注意してたのに……どうして気づいたんですか?」
 相手は今にも消え入りそうな声でそう尋ねます。
 けれどもその声は非常に耳に優しい、音楽的な声だったので、みのるくんは少なからず驚き、同時にその蝶が雌であることに気づきました。
「はじめから外に出たらついて来るんじゃないかとは思ってたけどね。決定的だったのはあたしたちがさとこに運ばれてた時よ。肩の上辺りにちらちら羽が見えてたわ。さとこに会うまでは――後ろを確認しないようにしてたから確かではないけど――大方飛ばずに地面を歩いて来てたんでしょう? けれどもさとこのスピードに着いてこれなくなって途中から飛ばざるを得なくなり、その結果あたしに見つかった。もしそうだとしたらずいぶん姑息ね。最初飛ばずに歩くことを選んだのは、見つかりにくくするためでしょう? 蝶のくせにわざわざ地面を這って。あたしたちを馬鹿にしてるとしか思えないわね。さあ、もう言い逃れはできないわよ、何を企んでるのか、洗いざらい吐いてもらおうじゃないの!」
 あけみちゃんは一気にまくしたてながら蝶に詰め寄ります。
 なんという迫力でしょう。
 もはやここに幼虫と成虫という絶対的なパワーバランスは存在しないのです。
 完全に気圧された蝶は後ずさりしながら、それでも何とか答えました。
「ち、違うんです」
「はあ? 何がよ!」
「私、わざと地面を歩いてたわけじゃないんです」
 そっちかよ! とみのるくんは思わずつっこみを入れようとして、すんでのところで踏みとどまりました。