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コスモス2

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 そう云って、お母さんが右の隅を指差した。青のポリバケツに入れられた一輪のコスモスの花。
「もうそろそろ、コスモスも終わるわねぇ」
「ありがとう」
 その花を取って、私は学校へ向かう。


 こうも早い時間だと、電車はいつもがら空きだった。高校は通勤の人が向かう方向とは逆の、いわゆるベッドタウンの方にあるので、朝は人が少ない。まだあたりは薄暗い。乗り込んだ電車に、知っている顔はまったくなかった。
 時々、タカやんと一緒になることがあった。
 タカやんは、同じ中学から同じ高校へあがった三人のうちの一人だった。その三人が、奇遇にも今同じクラスになっている。
 タカやんの家も、私と同じように共働きで、喫茶店を経営しているという話を聞いたことがある。時々タカやんも店を手伝っていたらしくて、料理がとても上手だった。スポーツとか、勉強はそれほど秀でていたわけでもなかったけど、とてもやさしくて、私はタカやんの笑顔が大好きだった。
 電車が一緒になると、お互いがその時読んでいる本の話をよくした。この作家の文体が好きだとか、この話はこういうところがすごく良いとか、私はタカやんが読んだという本をよく読んだ。
 江國香織、辻仁成、唯川恵、鷺沢萌、柳美里、川上弘美、恩田陸、乃南アサ、池澤夏樹、坂口安吾。その基準はよくわからなかったけれど、とにかく色々な作家の名前が挙がり、色々な分野、内容、時代、文体があった。
 あの日も、朝電車で一緒になった。
 私が乗る次の駅で、タカやんが乗ってきた。「おはよう」と云ったら、とってもやさしい笑顔で「おはよう」と云ってくれた。いつもなら本を取り出すのに、タカやんは何も取り出さなかった。
「今日は本出さないんだね」
と、それとなく聞いたら、
「もう、いいんだ」
そう云って、笑った。私は、それを「今日は読まないんだ」という意味だと思っていた。でも、それは間違っていた。タカやんの「もう、いい」は「もう、本は必要ない」という意味だった。私は、それに気付かなかった。気付かないばかりか、自分の読んでいる本の話をしたのだ。そのとき読んでいたのは、たしか角田光代の「対岸の彼女」だった。そのとき、タカやんは何を考えていたのだろう。午後八時半、彼が自ら命を絶つその瞬間まで、一体何を考えていたのだろう。

作品名:コスモス2 作家名:紅月一花