Blood Rose
事実上レイスは今、死んだのだ。
漂う魂がそれを望むなら、
創造神が定めた肩書きとは違う死を遂げた生命を蘇らせる事は出来る。
生前に入っていた器を再生し、
魂を収める高等法術だ。
党派による争いと言うのはお互い様な所もあるので、
全てこの男が悪と決め付けるのは間違っている。
しかし客観視すると情け容赦の無い行動が多く、
免罪の余地は無いだろう。
「何が目的ですか」
ゆっくりと息を吸い込んで怒りを静めたサーシャは短く言った。
「さぁな、悲鳴と血、とでも言ったらいいか」
今まで無表情ではあったがどこか凛しい顔付きだったサーシャが、
憎悪により俄かに目を細めた。
お互いに睨み合う様に対峙し、
先程よりもより重圧な緊張感が図書室を支配していく。
「聖神の力よ」
「邪神の力よ」
双方口走って一瞬言葉が詰まった。
「閃光の剣、闇を打つ者」
「漆黒の剣、光を断つ者」
二人の間に収束する法力が膨張を始める。
「聖神の断罪を代行せし、我に託したまえ」
「邪神の破壊を代行せし、我に託したまえ」
光の剣と闇の剣を振り翳し、
法力を極限まで注ぎ込んで集中力を高める。
神聖法術と暗黒法術の最上級法術同士がぶつかれば、
周囲にどんな影響があるかは解らない。
二人の中心で閃光が衝突した時にはもう、
視界と言う物は完全に消滅している。
双方共に譲らなかったが、
内在する法力はサーシャの方が上だった。
男は衝撃を殺しきれず次の行動に移れない。
「聖神の使徒サラマンドラの業火。漆黒の闇をも消し去る聖なる審判よ」
そんな中、サーシャは続けて詠唱を始めた。
決着を付けるつもりらしい。
「哀れな者を滅し、悪を照らし出せ。薔薇より美しき輝きを今ここに」
聞いた事の無い詠唱だった。
溢れ出す輝きは全ての者を魅了し、
平等に裁くだろう。
何とか体勢を立て直して身構えた男の腕からは蛇の様に蠢く怪しい光が溢れ出している。
互いの左腕が上がり、
再び術と術が衝突する最中目の眩むような神々しい光と、
眼前を包み込み邪悪な闇とが切り結んだ。
レイス及び他の被害者達の蘇生が完了し、
一息付いたサーシャは壁に焼き付いた男の燃え滓を掃除していた。
「師匠、それにしても男性にもてますね」
少し意地悪な笑みで言う弟子の額を突付いてサーシャは言い返す。
「男にもてても困ります」
レイスは自分の物も含め、
被害者の血を掃除している。
「お綺麗なのに」
「いいから忘れて下さい」
頭を軽く掻いてから吐き捨てる様に言うとサーシャは無理やり話題を変えた。
「そう言えば宿長から差し入れを頂いていますよ。毎朝掃除を手伝ってくれるから感謝してると伝えて欲しいとも言っていました」
今はレイスが着ているローブのポケットから、
キッチンペーパーに包まれたアップルパイを取り出す。
「ぺっちゃんこですね……?」
「……」
本来の半分以下の厚さになっている上に中身が押し潰されて外に出てしまっていて、
ほとんどパイ生地の部分しか残っていない。
先程まで師が着ていた大きめなローブの袖を捲り上げたレイスは、
細く引き締まった上半身を晒しているサーシャに向き直ると再び意地悪な笑みを浮かべて口を開く。
「蘇生したら裸で驚きました?」
無残な事に服どころか肉体そのものが破壊されたのだ。
創造神が描くとされるシナリオは基本的に老衰によるもので、
それ相応の大義名分が無ければ殺害されると言う事は本来無いはずなのだ。
それに従わなかったからと言って文字通り天罰が下るかと言ったらそうでは無いし、
そうして殺された人物を本来居るべき場所に呼び戻す事は不可能な話でも無い。
創造神はこの世界には基本的に関与しないのだ。
そしてその術をサーシャは行使したのだが、
当然ながら着ていた服までは復元出来なかった。
レイスの憧れでもある司祭が着用しているそれは、
裾が血で汚れているが真紅の中により一掃藍色が栄えている。
「予想済みでしたから。勿論私も見ていませんよ」
「本当ですかぁ……?」
「……」
サーシャは密かに、
詠唱で薔薇の語句を使った事を知られなくてよかったと思っていた。
作品名:Blood Rose 作家名:日下部 葉