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Blood Rose

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陽動



 風斬り音が鳴ると同時に短刀が放たれる。

見回りをしている警備兵を一度に3人絶命させ、
二つの影は低い姿勢で走り抜ける。

石垣に背を向けた一人を踏み台にして細身の人物が宙を舞った。

内部に侵入するとほぼ同時にもう一人も壁を超える。

敷地の中は豪華過ぎる程の家が三件建っており、
その中で一番近い窓に全身で飛び込んでいとも簡単に内部への侵入を果たした。

ガラスの割れる音と警戒警報が鳴るのはほぼ同時。

思ったより気付かれるのが早い。

「ここで通路に出るのは不味いな。予定通り上に行くか」

大柄の方が指示を出すともう一人は先程飛び込んだのとは反対の窓を開けて上階に向かって何かを投げた。

「ライア、お前なら出来る」

「誰に向かって言っているか解っているの?」

ライアはため息混じりに言う。

「貴方は私を信じて付いてくればいいのよ」

これ以上無駄口を叩けば舌を噛むぞとばかりに助走をつけそこから飛び出した。

ロジェは慌ててライアを背後から抱え込む。

上階に投げた鉄鉤から伸びた金属の糸を金属変成により縮めて一気に三階まで登った。

三階の窓に到着する直前にロジェの拳が窓を突き破る。

一階外の衛兵を倒し騒ぎを起こし一気に三階まで移動する事で、
陽動を掛けようというのだろう。

事前に調べていた通り到着した部屋は空き部屋だった。

使われていない部屋であっても毛足の長い絨毯と高級な机が置かれているのは癪である。

暗殺対象である人物は更にもう一階上にいるのだが、
四階は全部屋が使用されている上に衛兵の控え室が多く近道をする事は出来ない。

警報が鳴ってからそれ程経っていないが、
大半は一階を探し回っている事だろう。

ライアは腰に吊っていたブンディダガーを握って戸に耳を近付けた。

人の気配は感じられない。

ゆっくりと開けて通路を確認し、
一気に開け放つ。

ガチャ――

「あ」

「あ」

隣の部屋から今まさに出ようとしている人物と目が合う。

「……あんた誰だ?」

「それはこっちの台詞よ」

「お、おい不審者がいるぞ!」

何という最悪のタイミングか、
衛兵と鉢合わせするなど一生の不覚である。

「ライア、一旦引っ込め。撤退するぞ」

「はあああ!」

ロジェの言葉を完全に無視してダガーを振りかざす。

激しい金属音が一つ鳴ると対になるように断末魔が一つ上がる。

ロジェは額に手を当てて大きく溜め息をつき、
後を追って部屋から飛び出した。

まずは背後から聞こえる重そうな足音に注意を移す。

前方はライアが大暴れしているので問題無いーーそれはそれで問題ではあるのだが取り敢えずは良しとする。

一番最悪なのはこの狭い通路で挟撃される事だ。

足音が近付いてきた瞬間を見計らって階段の踊り場に飛び出すと、
思い切り体を捻って裏拳を叩き込む。

闘器をつけているにも関わらず鎧の上から与える打撃の反動で腕が痺れる感覚に襲われるが、
狙い通り転倒して数人を巻き込みつつ階段を転げ落ちていった。

あの様子だとしばらく起きて来ないだろう。

階段を封鎖する形になったのは好都合だ。

推定で二、三分は足止め出来るだろう。

今なら二人で脱出するのも難しくは無いはずだ。

ロジェは踵を返してライアの方へ走りだした。


 通路での戦闘は衛兵の使う斧槍では完全に不利だ。

ライアは懐に飛び込んで鎧の隙間に確実な一撃をお見舞いしていく。

部屋から出てくる増援も下階から上がってくる者もお構いなしに確実な一撃必殺で数を減らしていく。

背後から戻ってきたロジェの足音を聞いた瞬間集中が途切れたのか、
ライアは床に転がっている鎧を踏みバランスを崩した。

そこに敵の斧槍が迫る。

ライアは咄嗟に手を付いて転倒を免れ、
体を捻ってそれを足で捌く。

その勢いを利用して壁を蹴り、
一気に懐まで飛び込む。

ライアが得物を握っている腕を掴むと、
衛兵は全身から鮮血をまき散らして地に伏した。

鎧の金属を変成して全身を串刺しにしたのだろう。

ロジェはその様子を見てえも言えぬ恐怖を覚えた。

ライアの凶暴性に恐怖したのではなく、
一片の躊躇も無く残忍な殺し方を楽しむような性質にだ。

しかし今はその事について考えるよりも無事に帰還する事が優先だ。

一度仕留め損ねると警護が厳重になって次回以降、
手を出し辛くなる点は否めないが全く機会が無くなる訳でもない。

そもそもリカッソは少数精鋭での仕事が売りなので特例を除き一人一殺な作戦は行われない。

例え任務に失敗して敗走しても得られた情報を持ち帰り、それを利用して社会的に断罪する事が可能になる場合もある。

端的に言えば方法が複数ある中で最終的な目的を達成しさえすればどれの選択肢を選ぶも自由なのだ。

逆に言えばどんなに無様な敗走をしようと、
生きて帰ってけじめをつければいい。

そして何よりも組織側は捕縛される事を恐れていた。

手足を拘束されたままでも自害する術は全員が身に付けているので拷問による情報を引き出される心配は無いのだが、
死体を回収されて調べられる方が問題なのだ。

身体強化や免疫をつける為にどのような薬物を使用しているか、
これこそがリカッソにとって最大の機密である。

「おい、いい加減引くぞ」

ロジェは手短にライアを呼んだ。

相変わらず暴れるだけで仕事に貢献しようとしない相方に苛立ちつつも、
注意を引き付ける事でしっかり役立っているので文句は言えない。

しかしながらリカッソの仕事に向いていない事は明白だ。

ロジェはいつも頭の痛い思いをしながら相方のお守りをする羽目になっている。

身のこなしは軽いので隠密で潜入し、
目標だけを叩くという事が出来ない訳では無いのだが恐怖心に駆られたり殺意を感じると、
息の根を止めなければ落ち着きを取り戻さないのも暗殺者として致命的だ。

ライアを保護してからというもの、
毎日欠かさず体捌きの訓練を行っていた。

対峙した時に相手を征する足運び、
体の向きや重心の移動と体重の掛け方。

これさえ的確に行えばほとんどの状況に対処する事が出来る。

今回のように二人で敵地に潜入して目標だけを倒して帰るというのはある意味でロジェの体躯は弱点ともなる。

それを補うのがライアの縦横無尽な移動を可能とする金属変成術と正確無比な殺人術なのだ。

「おい!」

トーンを抑えながらもドスの利いた声で撤退を促すが、
予想通り臨戦態勢を崩さないライアを小脇に抱えて隣の部屋に滑り込んだ。

「ちょ、ちょっと離しなさいよ、まだ終わってないじゃない!」

完全に頭に血が登っている相方を抱えたまま窓から飛び降りると、
舌打ちしながらも鉄鉤を手近な木に投げて塀の外へ着地した。

三階もの高さをこうも簡単に行き来出来るのはライアの力でもあるので、
ロジェはやはり本気で叱る気にはなれなかった。

相手からすれば塀の外で衛兵がやられ、
進入の形跡がみられた一階を捜索しようと思えば三階で敵と遭遇、
増援はことごとくやられいつの間にか忽然と姿を消した事になる。


これが単純な兵戦ならば陽動に次ぐ陽動で完勝とも言えるが、
作品名:Blood Rose 作家名:日下部 葉