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Blood Rose

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疎通



 天窓から射す光が神々しい雰囲気を作り出している。

大聖堂の門は朝早くから開けられており、
陽が登り初めて間もないこの時間から礼拝者を迎え入れていた。

正面中央の日差しが降り注いでいるところで、
一人の少女が膝を折って祈っている。

入り口の戸が開いても集中しているのか気付いていない様子だ。

「これはこれはレイス司祭、朝早くから良い心掛けですな」

入ってきたのは初老の男性で、
分厚すぎる程重厚な法衣を身に纏っている。

レイスと呼ばれた少女は顔を上げ、
ゆっくり立ち上がって振り返った。

「おはようございます、レザーヌ枢機教。少々不安がありまして祈りを捧げていました」

「なるほど、本日の作戦の事ですか。私で宜しければお話を伺いますよ」

大聖堂の奥に続く戸を開くと、
そこには異様な光景が広がっていた。

部隊の仮設本部といった印象で、
作戦地図が張り出された板の他にも多数の武具が壁に掛けられている。

とても神聖な聖堂の中とは思えない部屋だ。

奥に掛けられた旗に神聖騎士団の紋章が描かれている。

国内の治安維持を行う他、
他国の武力干渉に対する抑止力となるエルフの国ロレンティス共和国唯一の正規軍である。

一国の軍隊としても申し分ない戦力を保有しているが、
性質上軍という表現をあえて避けている。

騎兵、弓兵、法兵が主な構成で前後支援とバランスが取れているのが最大の特徴だが、
活動は主に武力の行使ではなく交渉を主軸として事態の収拾を図る事だ。

この度神聖騎士団は国境付近に出没する野党を説得する為に出動を予定している。

「レザーヌ枢機教、私は本日が初陣となります。人に向かって弓を射る事が出来るのか不安で仕方が無いのです」

レイスは腰を落ち着ける事も出来ずに傍らにあった弓を握りしめて呟く。

窓の外を生気の無い眼差しで眺めながら、
死者への手向けとも言うような視線を向けている。

「彼らの要求に対し答えられるものならば答えてあげるのが我々の役割です。しかし、万が一という事もあるので己の命は守らねばなりません。場合によっては手に掛けなければならない事もあります。命の重さは平等ですが、神聖騎士団であるという自覚も忘れてはなりません」

レザーヌは胸に手を当て、慈悲深い面もちで口を開く。

レイスが命を失えば今後レイスが救うかもしれない命をも同時に失う事になるという意味だろう。

神聖騎士団は攻勢の組織ではなく、
武力を抑止力としつつも皆に平等に、
かつ公正に慈悲と鉄槌を下さなければならない。

「人が傷付いていたら、貴女も傷付きなさい。痛みを分かつ事で理解を得られるでしょう。人が泣いていたら、貴女は笑いなさい。本当の意味で相手の悲しみを理解する事は出来ません、せめて笑顔で勇気付けるのです」

「身体的な痛みと精神的な痛みの違いでしょうか」

レイスは言葉の本質を理解する為に質問する。

「汝に、聖神の加護があらん事を」

しかしレザーヌは答えなかった。


 神聖騎士達は軽めの朝食を済ませ日が昇りきる前に準備を終えていた。

騎兵長のクリフ司教を先頭に入り組んだ森林地帯を進む。

装備は法衣を基調としていて比較的軽装にまとまっているが、
弓を背負ってのレイスには厳しい道だった。

斥候によるとこの先に崖と洞穴、
塹壕の設けられた区画があるようだ。

確認されているだけで相手は5人。

主に食料を盗みに森へ入っているという事だった。

騎兵2名、弓兵2名、法兵2名の6人構成という事もあり、
万が一交戦状態に入っても十分な戦力だ。

特に手荒な事はしていないようだが、
このまま放っておく訳にはいかない。

「昨日説明しましたが今回の作戦はあくまで誘導である。彼等は飢えと疲労で鋭敏になっている為なるべく刺激しないようにして下さい」

「了解」

クリフは団員からの返事を聞くとほぼ同時に凛とした顔付きで馬を駆り、
白旗を掲げて木々の間から踊り出た。

「貴君らの居住、及び労働斡旋の用意を以って馳せ参じた。得物を持たずこちらまで来ては頂けないか」

しばしの沈黙の後、
男の声が響いてきた。

「俺達だってわざわざ荒らしにここまで来たんじゃねぇんだ。お前さん達こそ得物を置いてから来てくれんか」

音を辿る限り洞穴の中に潜んでいるようだ。

やはり警戒しているのか、押し殺したような声だった。

「我々は神聖騎士団の者である。聖神に誓い貴君らの安全は保証する」

クリフは再び呼び掛けを行うが、
あまり反応は良く無い。

小さな話し声がしばらくの間続いている。

その中にうめき声らしきものが混じっているようだった。

「怪我人がいるのですか!?」

レイスはそれに気付き、クリフの横に前進する。

「それ以上近付くな!」

突然発っせられた声に驚き方向感覚を失う。

先程から会話していた声とは別の方向だった。

左か、右か。

はたまた上か、下か。

突然の警告に混乱して足元が狂う。

悲鳴を上げる事すら出来ずにレイスは塹壕に落下した。

クリフも咄嗟に手を伸ばしたが間に合わない。

レイスが塹壕に落下した事は、
相手側から見て殴り込みと取られ、
騎士団側から見て引きずり込まれたと誤解が生じてしまった。

それにより双方の弓兵は番えていた矢を放つ。

混乱が混乱を呼び、
このままでは最悪の事態に発展してしまう。

軽く足を捻ったが、
土の上を滑るように着地出来たので大事には至らなかった。

土埃にまみれて視界を失っているレイスに、
身を潜めていた男が襲い掛かた。

相手が弓を背負っている事と女である事、
子供である事が重なり勢いはあまり無い。

上方に振り上げた短剣を眼前に突き付けて止まる。

「なんでお前さんみたいのが来るんだ」

レイスは口を開く事が出来なかったが、
恐怖に震えながらも男の胸元に手を近付けて治癒の法術を発動する。

「……すまなかった。助かるよ」

男は短剣を腰にしまい、
横穴に寝ている怪我人を確認した。

火傷によるものか、
革鎧が皮膚に張り付いている上から包帯が巻かれている状態だ。

応急処置にしてもあまりに簡易的過ぎる。

虚空を見上げる目は虚ろでいつ事切れてもおかしくないといった状態だ。

レイスは怪我人の元へ掛け寄って、
処置を施しながら上方の様子を伺った。

頭上からはクリフの制止の声が聞こえる。

「怪我人がいます。状態がよくありません」

反応が無い。

状況からして呼び続けたからと言って気付いて貰えるとは思いにくい。

レイスは声を出しながら移動を始めた。

木箱に飛び乗って塹壕から出る。

「攻撃をやめてください、怪我をしている人がいます。状態がよくありません、攻撃をやめてください!」

矢の飛び交う真っ直中で両手を広げる。

レイスを掠めるように数本の矢が往来し、
裂けた皮膚と服が宙に舞う。

双方錯乱気味だった弓兵は仲間に抑え込まれるようにして攻撃を止めた。


 ここまできたら当初の予定通りというところで、
まずは怪我人の手当を最優先し、
元気な者はクリフから今後の生活の事について聞いていた。

怪我人を馬に乗せればあとは戻るだけ、と、
作品名:Blood Rose 作家名:日下部 葉