Blood Rose
体格の良い男性が扉を開けて入って来る。
目が合った瞬間、
全てを理解し一気に顔面に血が集まる。
「調子はどうだ?」
「……べつに」
「ならいい」
会話が続かない。
ベッドに腰掛け背を向けた相手を改めて見ると、
頼りがいのありそうな大きな背中。
それを意識してより一掃顔を赤くした。
「自己紹介がまだだったな。俺はロジェ。近接格闘を専門にしてる。お嬢ちゃんはここに居るって事は訓練は受けてるんだろ?」
「お、お嬢ちゃんじゃないわ。ライアよ。ライア・ラングル。良く耳に焼き付けておく事ね」
口早に言って顔を背けた。
相手がこちらを見てすらいないというのにだ。
「ラングル……なるほど、ルファスが言っていた娘
か」
「なっ、あいつは今どこにいるの、教えなさい!?」
ライアは思わず跳び起きてロジェの肩を掴み、
振り向かせるように引く。
が、全くピクリともしなかった。
「ちょ、ちょっと……聞いてるの?」
「お前さん、もしかして薬に当てられたのか。成人してないのにアレはやるもんじゃぁないな。奴も無茶苦茶するもんだ」
ライアは話を流され思わずカッとなった。
体こそ大きいが自分には奥の手がある。
子供扱いする様子に加えまだ見せていない技ならばぎゃふんと言わせてやれるはず……だった。
金属で出来た燭台に触れようとした瞬間、
天地が真っ逆さまになって頭に登った血が更に圧力を増す。
「きゃあ!?」
片足を掴まれて宙吊りになったまま、
手足をばたつかせて必死の抵抗を試みるが完全に無意味だ。
申し訳程度に肌を隠していた毛布も落ち、
裸身が露わになるとライアは体を縮めた。
「へんたい、あくま!」
「……昨晩は艶っぽい女かと思ったが、見た目通り子供だな」
ライアは頭に血が登って言葉が上手く出なかった。
逆さ吊りだったからではなく、
怒りが沸点を超え過ぎた為だ。
大人しくなったのを確認してからロジェはライアをベッドに降ろし、
掛け布団を全身に被せる。
小さい体は頭から足の先までスッポリと隠れた。
それをはね退けようとした瞬間、
ノックが聞こえて一気に血液が下がる。
「ロジェ、すまんが不信な者を見かけなかったか。守衛が2人死んだ」
「いや、見ていない。しいて言うならば、俺は昨日2人殺した」
戸の先から笑い声が聞こえた気がする。
「お前さんならいい。少女も保護したようだな。この件は適当にやっておく」
ロジェは頼む、と短く言うとライアに向き直った。
息を殺して震えている少女を見下ろし、
軽くため息を吐く。
「落ち着いたか」
ライアは水を飲みながら小さく頷いた。
「この組織は性質上いろいろある。が、全員が根っからの悪人なわけではない。組織内で党派があるのは確かだ。仕事は仕事、組織のやっかみに捕まったら二度と這い上がれんぞ」
もう一度ライアは頷き、
しかし静かに俯いた。
この後どうしたらいいのか、
幼い少女には解らない。
希望の光などどこにも見出せなかった。
「幸い、ルファスはいない。詳細はわからんがあいつは今失踪してる。今のうちにこの仕事に慣れるこった」
言うが早いか、
ロジェは金属音を立てて何かを取り出す。
ブンディダガーと呼ばれる切るよりも刺すことに特化した特徴的な形状を持つ短剣だ。
いわゆる短剣とは異なり、
刀身とは垂直にグリップが設けられている。
ほとんど格闘用と言っても差し支えない品だ。
「力の弱い嬢ちゃんにも使えるだろう。任務中以外は錬金術使いな事を悟られない為にこいつを持て」
「こんなに太かったら持てないわ。あなたの手なら話は別だけど」
ロジェは鼻で笑いながらも持ち方を教えてやった。
扱い方は剣としてではなく、
闘術となんら代わりは無い。
刺突を主目的として作られた為、
特に甲冑装に対し効果を発揮する。
これを渡された意味。
それは――
「俺について来い、と?」
ロジェは一瞬目を丸くしてから豪快に笑いだした。
恐持てではあるが笑顔はなかなか爽やかだ。
ライアの頭をくしゃくしゃと荒っぽく撫でながら笑ったままの口で言う。
「子供のくせになかなかいい女じゃないか、気に入った!」
そのまま何度振り払われそうになってもお構い無しに頭を撫で続けた。
ムキになって何度も拳を突き出すライアだが見事なまで射程外に相手はいる。
手の長さが違い過ぎるのだ。
頭を抑えられた恰好で手が届くはずもない。
ロジェは竜人族、
ドラゴニュートと呼ばれる種族で文字通り竜の血が混じっている。
厳密に言えば後天的に混ぜられると言った方が正解だ。
必ず言えるのは異常なまでの治癒能力がある事。
そして大柄な体格、
優れた五感を持つ。
まさに戦闘に秀でた種族だ。
身体的特徴は角が生えた者、翼が生えた者、尾を持つ者などばらつきがある。
元来竜の血を受け継ぐ者が統治する国家があるが、
今は後天的な混血の者しか存在していない。
ロジェは額の角以外、
ヒューマンと変わりは無かった。
ライアはまた訓練の日々が始まるのかと小さくため息をついた。
作品名:Blood Rose 作家名:日下部 葉