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Blood Rose

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出逢



 「おい、あの噂聞いたか?」

「あの……ってぇといくつか思い当たるが、どれだろうな?」

肌寒くもあり蒸し暑い、
石造りの通路。

鉄柵で仕切られた区画がいくつもあり、
見るからに薄気味悪い場所だ。

小さな呻き声が各部屋から漏れている。

その雰囲気は決して一般的な物とは思えない。

「うちに関係したやつだよ」

「……となると、幹部が戻らないって話だろ?」

少女は鉄柵越しにその会話を聞いていた。

「チッ、知ってんのか……それだよ。痛くお気に入りな娘をうちに預けろって言いに行ったっきり帰らねぇらしいが」

毒物を投与された際の飼い慣らし方も解って来た。

「あそこに入ってるエルフの娘か。確かそろそろ半年ぐらいだから薬の効果は薄そうだな」

致死量寸前の濃度まで薄められた毒物が血流に乗って全身を駆け巡る感覚は、
恐怖と苦痛を越え耐性が出来、
生物としての驚異を克服して一回り進化する喜びと達成感、
そして快楽に変わっていた。

「いや確か、身体が未熟だからこれはまだのはずだぜ?」

体を清める事も許されず半年間も監禁されていた少女は、
己の舌を噛み切る力すら残されていなかった。

生命を維持する薬だけで生き長らえていたので食事を取っていないどころか排泄もしていない。

ただでさえ細身だった体型が更にやつれ、
様々な面でもはや狂っていた。

革で出来た拘束具が片足にはまっており、
それと壁とが革紐で繋がれている。

そんな物が無くとも今となっては一人で歩く事もままならないだろう。

微かに聞こえる会話から自分に該当する部分が多いように感じた。

意識を正常に保つ事自体が困難な上に体を動かすのも苦痛で仕方が無い。

現実に打ち勝つ力を持たない以上、
意識の殻に閉じ籠って時が過ぎ去るのを待つ事しか出来ない。

しばらくして鍵を開けた音と共に足音が2つ近付いて来ると、
そしていつものように針が体内に進入し、
薬液が送り込まれる。

心臓が跳ねる。

体内に放たれた異物に反応しているようだが、
今回は今までとは違った。

全身に熱を持ち、
甘い吐息が漏れ始める。

頭が痺れ頬を上気させながら、
虚ろな瞳で二人を見上げた。

今まで通っていた薬師では無い。

ぼやけた視界でもわかる程いやらしい笑みを浮かべた男だ。

拘束具が外され、
同室にありながらも一度も横になった事の無い寝台の上に寝かされた。

ボロ布と化した服がはだけ、
まだ幼い身体が見て取れた。

全身に熱を持ち、
脳がとろけるような感覚に支配されて力が入らない。

二人に触れられている首元と内腿に痺れるような強い快感が押し寄せて更に少女を追い詰める。

残された意識では必死に抗っていても、
この甘い誘惑にはとても勝てそうに無かった。

動脈に外圧が加わるせいかいつもより巡りが早い。

時おり体を痙攣しているかのように震わせ、
小さく声を挙げ始めた途端男達の表情が変わった。

「頃合いか?」

少女を辛うじて覆っていた布を引き裂くと一人は首元から胸へ、
もう一人は内腿から股部へとゆっくり指先を這わせていく。
内腿から股部へとゆっくり指先を這わせていく。

次の瞬間少女は心地良さそうな表情から一変、
怪我をした獣のように敵意を剥き出しにし、
野獣のような雄叫びを上げて暴れ出した。

そして2つの心臓はベッドを支えていたパイプに貫かれて停止する。

一瞬の出来事だった。

少女はもはや夢と現実の区別が付かず、
ただ自分が置かれている状況を理解するだけで精一杯だった。

もはや服とは呼べなくなったボロ布を簡単に体に巻き付け、
立ち往生している男から黒い外套を奪うと自身を隠すように羽織った。

少々大きいが暗闇に紛れるのには都合がいい。
更に二人の懐から合計3本の短剣を手に入れ、
千切れた布で簡単に束ねた。

そして姿勢を低くして小走りに移動を開始する。


 一人の若い男が居た。

大きな袋を背負い、
軽装だが防塵用の外套を身に付けている事から、
長旅を終えたばかりといった様子だ。

小麦色をした長い腕で消えた燭台を取り替えながら歩いている。

歩みは決して速くないがそこに疲れた様子は微塵も感じられない。

絶えず鋭い目付きで周囲を監視している。

その視線の先から闇に溶け込んで見える程黒いローブに身を包んだ人物が一人、
足音が聞こえないどころか車輪で移動するようにすっと近付いて来る。

目視しているにも関わらずそこに実体があるのかが疑問に思える存在感の無さだ。

「お久しゅう御座いますアーウェイ代行。先程奥を見て参りましたが特に問題は見付かりませんでした」

影の霊体に見紛う人物は声の高さからどうやら女性らしい。

アーウェイと呼ばれた男は話を聞きながら燭台を着け直しており、
その灯りに照らされ女性の顔が露になった。

目深に被ったフードに隠れて目元はよく見えないが、
病的に白い肌の中にある可憐な紅色の唇が妙に際立っていて美しい。

「ご苦労パトリツィア。ここも久し振りだからな……頭の中に地図を作り直す意味もある、私も一度覗いて来る」

なるほどと言った様子で女性は微笑むと、
軽く一礼してその場を後にした。

「次から私の近くに来る時はもう少し解り易く登場してくれると助かる……」

パトリツィアは一度振り返ると再び小さく微笑んでから一礼し、
溶けるように姿を消した。

その後アーウェイは黒いローブを着た人物と数回遭遇したが皆初めて見た顔で、
旅に出た後に雇われた看守や薬師だった。

顔を知らない相手であってもほとんど言葉を交わさずにどんな人物か解るのか、
鋭い目付きを崩してはいないが特に行動は起こさない。

そして再び黒い服の人物を見かける。

それは前方の十字路を素早く横切っただけだ。

「おい、そこの。止まりな」

微かに聞こえていた足音が止まった。

素直に従うと言う事は消音歩行が出来ない新人だろうか。

しかし向こうから出て来ない時点で警戒は怠らない。

ゆっくりと近付き、曲がり角に差し掛かると人影が動く。

超高速で突き出された鋭角の物体を瞬時に叩き落とし、
相手の首を掴むと壁に叩き付けた。

その痛みで挙がったのは幼い女声だ。

膝から崩れそうになる相手の両腕を掴むと頭上の壁に押さえ付けた。

片手で十分に両の腕を掴める程の細腕をしている。

まさに一瞬の出来事。

あまりの爆発力にアーウェイはヒヤリとした感覚を覚えた。

判断がほんの少しでも遅れていたらピック状の得物が腹を貫き背に抜けていたはずだ。

大人向けのローブを引きずる程の体格だが、
命の危険に晒されて潜在能力を発揮したのだろう。

アーウェイは空いた右手でフードを上げると、
息を飲む程に美しい顔が現れた。

殺意でつり上がった眉、
絶望を秘めた瞳、
状況を打破しようと噛み締める唇、
幼いながらも全てに妖艶な魅力が溢れている。

「何もんだ?」

聞いておいて我ながら可笑しな質問をしたなとアーウェイは思った。

基本的に敷地内に外部の人間が入る事は無いので、
拉致ないし、
訓練過程で監禁されている人物なのは明白だ。
作品名:Blood Rose 作家名:日下部 葉