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同窓会

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三宅秀和




一、準備

 死ぬことは、やめた。
 自殺することで何かを訴えられると考えた時期もある。
 どうすれば無駄死にしないかを真剣に考えた。
 考え抜いた結果、死ぬことを、やめた。
 そして、勉強した。何も求めず、ひたむきに机に向かい、成績を上げ続けた。
 死ぬ覚悟があれば、一日10時間の勉強も苦ではなかった。
 死んだ。一度、死んだ。すでに俺は死んでいる。そう思えば、テレビのくだらない番組も、肩や脚を露出したバカな女にも興味はなかった。
 中学を卒業するとき、できるだけ金のかかる成績優秀な私立の高校を選んだ。その三年間、ひたすら勉強をした。
「東大?京大?」
 高校二年の担任が進路を聞いた。
「合格できるなら、どこでもいいです」
 いつものように、流すように答えた。選んだ大学では化学を専攻した。
 卒業して入社した化学薬品製造の会社で研究部門に配属となった。
 化学が、面白いと感じたことはない。化学だけじゃない、カラオケも映画も、クリスマスの街やディズニーランドも、俺には興味のないことばかりだった。
 クロロベンゼンとセルジラールを酸性条件下で化合しヘキサクロチオンを加えることで無味無臭しかも無色の化合物ができる。非常に不安定なこの化合物は水や油類には溶解しないが、アルコールには溶ける。
 体重60キロの成人なら10mlが致死量となるこの化合物をつくるために、ヘキサクロチオンをどうやって精製するか考えた。クロロベンゼンもセルジラールも簡単に入手できる。そのために化学を専攻し、化学薬品に関わる会社へ入社し、化学科甲種取扱免許を手に入れた。
 ヘキサクロチオンを精製する方法を手に入れたとき、すべての準備が終わった。


二、B組

 中学三年生になって、西脇が俺の肩を叩いた。
「同じクラスやな」
「うん」頷いた。小学生のころ、よく一緒に柔道の道場へ通った。練習が終わって二人でコンビニでアイスを買って食べたりした。西脇は『ガリガリ君』を食べるのが早かった。
 授業が終わると、西脇が中学で仲良くなったレイジとカツの四人で一緒に帰宅するようになった。レイジの祖父はこの地域の社会協議会の会長をしており、父親は小中ともにPTA会長や地域の青少年指導に尽力し、夏の盆踊りや地域の運動会など、ほとんどの行事にかかせない人物だった。なぜか、レイジはそんな父親が気に入らないらしく、家にいても面白くないといつも言っていた。
 一学期の中間試験が終わったころ、急にレイジから背中を蹴られた。
 一緒に帰宅しているときだった。不意に蹴られ、前に倒れた。西脇もカツも、笑っていた。顔から倒れこんだことが面白かったらしい。誰でも、不意に蹴飛ばされれば無様に転ぶだろう。
 次の日、腕で頭を強く締め付けられ、「これがヘッドロックや」と言われた。「痛いやろ?」と聞かれ、「痛い」と答える。
「次はスリーパーホールドや」と、腕が首に巻きついた。
 喉を圧迫され、咳き込んだ。本気で苦しかった。
 西脇もカツも笑っていた。俺は面白くなかった。
 夏休み、金を要求された。
 最初は「アイスを奢ってくれ」という程度だったが、ある日「明日、5千円持ってこい」とカツが言った。
 笑いながら、レイジが、「持って来なかったら、明日はチョークスリーパーや」と言う。西脇がそれを聞いて笑う。『チョークスリーパー』が何なのか分からないが、5千円持って行った。
 小遣いで足りなくなると、家の財布からお金を盗んだ。
 そうしなければ、殴られる。
「アッパーって、こうやって殴るねん」
 レイジが、技の名前をいちいち説明しながら殴る。『ドラゴンスクリュー』をされて、歩けないほど膝が痛んだりした。
 プールの時間に溺れさせられていても、誰も助けてくれない。
 体育の授業中、背中にボールを当てられると、みんなが笑った。
 音楽でリコーダーに発泡スチロールを詰められ、それが吹き飛ぶと大笑いされた。
 掃除中に掃除道具入れに閉じ込められ、倒され、暗く狭い空間の中で、朝までこのままなのかと怯えた。
 授業中に誰かの陰毛らしきものを紙に張り付け、そこに俺の名前を書いてクラス中に回される。
 美術の時間にモデルになれといわれ、服を脱がされ、背中に好きだった女の子の名前を書かれ、三秒我慢しろと言われても助けてくれるやつなど一人もいない。
 その事があって、好きだった女の子は、二度と口をきいてくれなくなった。
 その子と仲の良かった女子も、俺を避けるようになった。
 野球部の連中は力でレイジやカツより強いくせに、助ける気なんて少しもなかった。
 サッカー部もバスケ部も、女子と仲良くすることだけで、俺のことなど気にもかけようとしなかった。いや、関わると自分たちに災いが及ぶと思い見えないふりをしていた。
 B組は有罪だった。


三、心配

「会社、辞めてん」
 思いもよらず、それは自分でも不思議な感情だった。
 笑顔がこぼれた。
「おれ、今日で会社辞めた。」
「どうしたん?」母親は驚いて、言った。
「うん。ほかに、やりたいこと、できたから。ちょっとだけ、ゆっくり休むわ」
「急やな。会社は、大丈夫?もめたりしてない?」
「大丈夫、心配ないよ。あ、お母さん、今まで、ありがとう」
 部屋の扉を閉めた。
 母親はまだ何か聞きたそうにしていたが、そんな相手をしているほど暇ではなかった。
 同窓会の出席確認が取れていない数人に電話を掛けた。
 これで、全員が集まる。
 担任も、体育教師の野田も、美術の教師も。
 ビールの味が変だと思われると厄介なので、東欧のマイナーな銘柄をわざわざ仕入れた。珍しいビールだから飲んでほしい。そう言えばいい。お店の人にも了解を得た。ビールに混ぜる薬品はすぐに効果を発揮しない。最初は軽く頭痛やめまい、吐き気を感じる。やがてアセチルコリンエステラーゼという酵素の働きを阻害し神経系を攪乱させる。次第に舌がしびれ、ろれつが回らなくなる。この症状が出れば間もなく泡を吹き出し絶命する。
 失敗はありえない。
 俺も、そのビールを飲んで乾杯する。
 その場にいる全員が被害者になる。
 この不安定な化合物は、すぐに分解し、体内にその痕跡を残さない。
 綿密な計画を立てた。ノートに記した計画通りに、すべて進んでいる。
 あと、少しですべて完結する。
 晩御飯を食べているときに、母親が聞いた。
「同窓会、するの?」
「するよ。なんで知ってるん?」
「いっぱい、はがきが来てるから」
「みんな集まるよ」
「珍しいね」
「何が」
「秀ちゃんが、クラスの友達に声をかけるなんて」
 プチトマトを箸でつまんだまま、母親を見た。心配そうな顔をしていた。
 俺は噴き出した。
「なんで、そんな顔してるん?」笑いながら母親に聞いた。「息子が、同窓会の幹事するのがおかしい?」
「秀ちゃん、中学でいい思い出ないやろ」
 プチトマトを口に放り込んで、「ごちそうさま」と言った。

 
作品名:同窓会 作家名:子龍