同窓会
藍子
一、麦茶
お風呂とトイレはセパレートで、キッチンはIHになっている。広いとは言えないがクローゼットもあるので一人で生活するには十分なワンルーム。結婚をしようと彼が言ってくれたので、あと半年ほどで引っ越しすることになる。
シャワーを浴びて、バスタオルで髪を拭きながらベッドの上に寝転がっているヒデにタオルを渡す。ヒデは濡れたままの髪でバスルームから先に出ていく。背中もきちんと拭けていない。
「一人で背中、拭ける?」
「できるよ」
「じゃあ最初から、拭けばいいのに」
「拭いてるのに、藍子が拭けてないって言う」
「拭けてないし」
結婚を約束してくれた彼は、自分できちんと背中を拭ける。自分の背中も拭けないこのバカは、私が結婚したらどうするのだろう。
「これ、同窓会?」
ヒデがテーブルの上の案内状を持ち上げて聞いた。
「うん中学の友達に久しぶりに会う」
「藍子は、かわいいからモテモテやろうな」
「モテモテやで。ずっと好きやってん、とかって告白されたら、どうしよ」
「俺は、別にいいけど、結婚してくれる彼氏が怒るで」
「なんで、あんたは別にいいんな」
「誰が告白してきても、藍子は俺の事が一番好き。だから、告白してきたやつ、残念」
そう言うと、案内状をテーブルの上に戻して、グラスに入った冷たい麦茶を一口飲んで、私にグラスを渡してくれた。
「めっちゃ美味しい、麦茶、めちゃ冷えてる。飲んで」
ヒデは笑いながら、私にグラスを渡してくれた。
二、美術室
まだ夏服を着ていた。
男子たちが美術室の奥で騒いでいた。
美術の時間。
みんな、粘土で鳥のオブジェを作成していた。枝の上で羽を休める鳥、大空を羽ばたいている鳥。それぞれが好きな鳥を作っていた。
「なあ、なんか後ろで、もめてる」
加奈とミキが教えてくれた。
美術室の奥にはキャンバスや画材が置いてある。その物陰で男子が騒いでいる。
「あれって、何してるん」加奈がそばにいた男子に聞いた。
「また西脇が三宅をいじめてるんやろ」
すでに、三宅がいじめられている認識がクラス全員にあった。
少し離れているところに座っている幸一の所まで行って、
「なあ、あれ、注意しといでぇや」と言った。
「なんで、俺?」
「あんたやったら、笑いで上手くまとめられるやろ」
「できるか」
ミキも来て、幸一に言った。
「とにかく、何とかして」
幸一は立ち上がって、美術室の後ろまで歩いて行った。
何かしばらく話していたが、少し不満そうな顔をして戻ってきた。
「アカンわ。あいつら」
それだけを言った。
休み時間になって、先生が教室から出ていく。次の時間も美術だから教室の移動も作りかけの鳥のオブジェもそのまま。先生の後を追うように何人かの男子が教室の外へ出て行った。幸一は、「ちょっとやばい、聞いてくれ」と言いながら、ライチやナカジーの腕を引っ張るようにして教室の外へ出た。
ずっと何かをしていた美術室の奥で、レイジが馬鹿笑いをした。みんな、気付かないふりをしていたが、レイジの大きな笑い声と、西脇の「できたっ」という大声で振り返った。
美術室の奥の、作りかけの作品やキャンバスが放置されている埃臭い場所で、三宅が立っていた。
素っ裸で。
背中をみんなのほうへ向けて、お尻を丸出しにして。
その背中に、マジックかポスターカラーか、鮮やかな赤色で書かれている。
『伊勢谷ミキ LOVE 付き合ってください』
レイジが大きな声で、「3、2、1、はいオッケー」と言い終えると同時に、三宅は裸のまま教室を飛び出していった。廊下では、それに気づいた幸一たちが慌てて三宅を追いかけて行った。
三、曖昧
加奈からメールが来た。
同窓会、行くやろ?
でも、なんで三宅が幹事?
大丈夫かな
確かに、言われてみれば三宅が幹事をしているというのは不自然だった。どう考えても、第四中学三年B組のみんなと会いたがっているとは思えない。それとも、まだ西脇たちにいじめられていて、無理やり幹事をやらされているのか。
行くよ、同窓会。
加奈はライチに会いたいよね。
幸一は今でもミキの事、好きなんかな。
そこまでメールを打ち込んで、美術室のことを思い出した。
三宅はミキの事が好きだった。
あの後、ミキはずっと泣いていた。鳥のオブジェなど作る気分になれなかったはずだ。やりきれない気分で、加奈と二人、ずっとミキのそばにいた。授業の途中でライチとナカジーと幸一が帰ってきた。話を聞くと、あのまま走ってトイレに駆け込み、内側から鍵をかけて出てこなかったという。
「とりあえず、出て来いって、言うててん。裸でトイレの中にずっといても仕方ないやろ、って言うてん」
ナカジーが説明してくれた。ライチは先生を呼びに行った。先生が来て、とにかくライチたち三人は美術室へ帰れと言われたらしい。
その後、どうなったのかは分からない。
何の説明もなかった。
次の日も、三宅は学校に来ていたと思う。
何もなかったように、いつもと同じ毎日だったと思う。
そんな話をヒデにした。
ヒデは、読もうとしていた『スラムダンク』をテーブルに置いて、小さく頷いて、言った。
「記憶って、曖昧になる。明確なままの事実には、真実なんてないよ」