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最後の魔法使い 第六章 『決断』

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 ほら、とキースは言い、ノートの表紙をめくった。表紙の裏には金文字で、『キャットソンNo.5894』と書かれている。「ノートを作る職人はあちこちに居るんだけど、こういう風に親方の名前と番号が彫ってあるのはうちだけらしい。それで、前にたまたま刻印が入ってなかった不良品があったらしくて、それ以来毎回買いに来る度に確認して行くんだ。」
「へぇ。」やっぱり、おじさんって少し変な人なんだな、とアレンは思った。
 キースとアレンはすべてのノートをめくって、刻印があることを確認した。キースはノートを薄い布で軽く包んだ。ノートの代金はアレンが思った以上に高く、アレンがロウア―ウエストで働いていたころの一週間の給金の倍近くした。キースいわく、それほど高価なのは、ノートには独特の保存魔法がかけられていて、大げさな管理をしなくても4、500年はきれいに残るからだそうだ。
「面白い人だよな、ジュダさん。」荷物をアレンに手渡しながらキースが言った。「俺あの人の話聞くのが好きだからさ…ほら、歴史なんて学校じゃ習わなかっただろ。いつもは少し話してもらうんだけどね。まぁお前がいるんじゃ、ジュダさんの家に行く口実ができたな。」キースはにっこりと笑った。その笑顔は昔と変わらなかった。
「おじ…ジュダさんも喜ぶと思うよ。歴史の話するのが大好きだから。」
「そりゃそうだろ。前にジュダさんが言ってたよ。ロウアーの歴史学者って大変だって。政府に知られたらまずいから、公には話もできないし、せっかく何かわかっても一般に公開できないし、研究しようとしても資料がほとんどないらしいし。聞いてくれる人もほとんどいないってね。…でも俺は歴史の話聞くの、好きだな。この国のこともよくわかるしさ。それに…」
 キースは何か言いたそうだったが、続けるかわりに、アレンにほほ笑みかけた。「悪いな、仕事に戻らないといけないんだ。」
 周りを見る限り、それほど忙しそうではなかったが、アレンも早く用事を済ませて火の魔法の練習をするつもりだったので、また来ればいいか、と思った。「ごめんな、時間取らせちゃって。でも会えてうれしかったよ。」
「俺もだよ。元気そうでよかった。」キースが言った。
 じゃあ、とアレンがマントをかぶってドアを開けると、キースが後ろから声をかけた。
「…そのうち、うちに飯でも食いに来いよ。」
 アレンは振り向いて、手を振った。キースも振り返した。


アレンがノートを持ち帰ると、ジュダが書斎から顔を出した。ジュダはうれしそうにそれらを受け取り、一番上のノートの表紙を開いた。
「よしよし、ちゃんと刻印も入ってる。」満足げにそう言うと、ジュダはアレンに向き直った。「ありがとう、アレン。」
「どういたしまして。でも、どうして刻印にこだわるんですか?」とアレンは聞いた。
「資料を写す時に、刻印が入っていた方が便利だからね。製造番号で整理できるから。」
「写す?」
「そう、資料を見せてもらえる時はね。前国王の時、5,6年前くらいかな、ちょくちょく見せてもらえたんだ。でも、今の国王になってからは一度も『資料室』に行く許可は貰ってない。アッパーの学者はいつでも行けるけれど、私みたいなロウアーの学者は許可をもらわないと行けないんだよ。」ジュダは受け取ったノートを大切そうに腕に抱えた。「最近は外れに住んでる老夫婦の先祖の日記帳を写させてもらってるんだ。昔の庶民の生活を知るのも大切なことだから。最後のノートをこの前使ってしまったから、困ってたところだったんだ。」ジュダは喜々陽々と書斎に戻っていった。
残されたアレンは窓の外に目をやった。今日は空がどんよりと暗く、こういう日の日没時刻は晴れている日よりずっと早いのだ。アレンは時計を見ると、日没まで、それほど時間はなかった。暗くなってから火の魔法の練習をすると、放たれる光が目印になってしまう可能性があるから危険だとジュダは言っていた。アレンはため息をついた。練習はあきらめるしかないだろう。かわりに、アレンは夕食を作ることにした。料理は得意ではなかったが、ジュダは書斎にこもりきりなので、たまには作ってみるのもいいだろうとアレンは思った。

「おじさんって有名人なんですね。」
ところどころ炭になってしまった薄パンを小さくちぎりながら、アレンが言った。一つ口に入れて、アレンは顔をしかめた。薄パンの味よりも、じゃりじゃりとした炭の風味だけが際立った。パンはまるこげで、マチルダをまねして作った野菜のスープは水っぽかった。アレンと同じように、時折眉間にしわを寄せながら、ジュダはアレンが作った夕食を口に運んだ。お世辞にもおいしいとは言えないはずである。