【無幻真天楼第二部・第二回・弐】小さなこいの唄
チリリと鳴る風鈴の下で握っていた手を開いた烏倶婆迦
「お母さん…お父さん…」
ガサッという音がして烏倶婆迦が顔をあげた
そこにはホースを引っ張る慧光の姿
慧光も烏倶婆迦に気づいて顔をあげた
「なにしてるの?」
「ホース片付けてるナリ」
グルグルとホースをまとめた慧光が烏倶婆迦の座る縁側に腰を下ろした
「暗くなるの早くなったから早めに水あげてたナリ」
「ヒマ子さんに?」
「あと庭の…ナリ」
慧光が庭を見ながら答える
「…ねぇ慧光」
「何ナリ?」
「お母さんとお父さんってどんなの?」
烏倶婆迦が聞くと一瞬目を大きくした慧光が寂しそうにうつむいた
「お母さん…は私たちのお母さんは…私たちが宝珠に選ばれた時に泣いていたナリ…」
慧光が小さく話し出した
「でも…お母さんはあったかくて優しくて慧喜と私はお母さんが大好きだったナリ」
「お母さんはあったかい…? お父さんは?」
烏倶婆迦が父親のことを聞くと慧光が唇をきゅっと噛んだ
「お父さん…は…」
「何たそがれてんだお前ら」
「京助」
学校から帰ってきた京助が垣根の向こうから声をかけてきた
「おかえりなさい」
「おかえりナリ」
「おう」
玄関には向かわず烏倶婆迦と慧光のいる庭に入ってきた京助が片手をあげる
「で? なにしてたんだ」
「何って…」
「お父さんってどんな?」
「は?」
聞いたのに逆に質問されて京助がきょとんとして烏倶婆迦を見た
「お母さんは優くてあったかい…お父さんは?」
「おま…それを俺に聞くか;」
京助が縁側に通学鞄を下ろしながらため息をつく
「ねぇお父さんってどんな?」
「あー…; なんだ…父親…は…こう…でかい」
「大きいの?」
考えた末京助が言った答えに烏倶婆迦が首をかしげた
「お父さんは大きい…」
「まぁ…うん…父親はでかい…よ な?;」
「何が大きいの?」
再び烏倶婆迦が聞く
「何が…ってナニもでかいし他にも色々でかい…と思います」
京助が何かを思い出して答えた
「俺もまだまだだと知らしめされましたわ…うん…でかいよ父親は」
そして一人うんうんと何かを納得して頷く
「お父さんは大きい…」
烏倶婆迦も一人うんうんと何かを納得して頷いた
「お父さん…か…」
慧光がぽつりと呟く
「私と慧喜のお父さんは…私と慧喜を宮の前に連れてきて…迎えに来るって言ったっきりこなかったナリ…お母さんもこなかったナリ…」
慧光がうつむいた
「慧光…」
名前を呼んだはいいがそれからかける言葉が見つからず京助が頭をかきながら空を見た
紺色からオレンジへのグラデーションが海へと落ちていく
ぽつぽつと輝きだした星が見える
「…腹…減ったなっと」
京助が伸びをすると靴を脱いで縁側に上がった
「…そう…ナリね」
「おいちゃんもお腹減った」
京助に続いて慧光と烏倶婆迦も縁側に上がる
チリンと風鈴を鳴らした風は思いのほかひんやりしていて
「ひくしゅっ!!」
烏倶婆迦がくしゃみをした
「…今の絶対お面に鼻水ついたろ;」
脱いだ靴を持った京助がズビーッと鼻水を啜る烏倶婆迦を見た
作品名:【無幻真天楼第二部・第二回・弐】小さなこいの唄 作家名:島原あゆむ