【無幻真天楼第二部・第二回・弐】小さなこいの唄
「う…」
乾闥婆の睫毛がぴくっと動いた
「乾闥婆…?」
「乾闥婆…動いた?」
迦楼羅と烏倶婆迦が揃って乾闥婆を見る
「う…るさい…」
乾闥婆が小さく言った
「耳元で…騒がないでください迦楼羅…」
「乾闥婆…大丈夫?」
烏倶婆迦が聞くと乾闥婆がうっすら目を開ける
「…乾闥婆」
「迦楼羅…貴方はまた僕なんかのために…無駄に力使って…」
「ああ…すまんな」
「まったく…またお腹減ったんじゃないんですか?」
「そうかもしれん」
迦楼羅が微笑みながら乾闥婆の言葉に返す
「…今は休め…起きたらまずお前がいれた茶が飲みたい」
「…お茶だけでいいんですか?」
「とりあえずはな」
「わかりました」
乾闥婆も微笑んだ
乾闥婆が再び目を閉じると静かな寝息をたてはじめた
「迦楼羅…」
そんな乾闥婆を見たまま烏倶婆迦が迦楼羅を呼んだ
「乾闥婆なら大丈夫だ。こっちには宝珠の元があるからな…すぐに回復する。安心しろ」
迦楼羅が目を細めフッと笑いながら烏倶婆迦の頭を撫でた
「迦楼羅は大丈夫なの?力たくさん使ったんじゃない?」
「言ったであろう? こっちには宝珠の元がある…大丈夫だ。…がそろそろ戻るか…」
首をコキコキと鳴らして立ち上がった迦楼羅がツンッと服を引っ張られる感覚を感じ烏倶婆迦を見た
無駄に長い袖から少しだけ覗く指先が迦楼羅の服をつまんでいる
「どうした?」
「迦楼羅おいちゃんお願いがある」
「お願い? なんだ?」
迦楼羅が聞くと烏倶婆迦がうつむいた後迦楼羅を見上げ
「…抱っこ」
「…は?」
両手を迦楼羅に向けて広げた
「おいちゃん抱っこしてほしい」
「だ…っこ…」
きょとんとする迦楼羅
「駄目?」
「いや…別に構わんが…;」
迦楼羅が身を屈めて烏倶婆迦を抱き上げる
「これでいいのか?」
「うん」
烏倶婆迦が頷く
「迦楼羅大きい」
「これがワシの本来の姿だ」
「お父さんは大きいんだって」
「お父さん?」
「京助が言ってた。お父さんは大きいって。迦楼羅も大きい」
烏倶婆迦が迦楼羅の首に抱きついた
「お父さん…」
小さく呟いた烏倶婆迦の背中を迦楼羅がポンポンと優しく叩くと歩き出す
「送っていってやろう…乾闥婆が起きたらワシらもそっちへ行くからな」
「うん」
迦楼羅に抱かれたまま烏倶婆迦が顔をあげると乾闥婆が寝ている寝台がゆっくりと遠くなっていく
やがてキィと小さく音をたてて開いた戸がパタンと静かに閉められた
作品名:【無幻真天楼第二部・第二回・弐】小さなこいの唄 作家名:島原あゆむ