出会いは衝撃的に(前半)
「あとで……わかったよ。あとでね」
「浅野さんはボートを漕げるの?」
「手漕ぎのボートだね。まあ、なんとかね」
「この先にボートがあるのよ。一緒にボートから湖に映る夕焼けを眺めるのはどう?」
「いいね。急いで行こう。ボートのところまで歩いて三十分なんて云わないでくれよ」
「そうね、二分十六秒で行けるわ」
「どこかで聞いたような話だね。じゃあ、行ってみよう」
白樺が目立つ林の中の径を、秋の虫の声が聞こえる中を、二人は並んで歩いて行く。浅野が美絵の手を握った。その手はほっそりとして、少し冷たかった。美絵は何らかの意思表示としてだろうか、その手を握り返した。浅野は実のところ、そのようにして異性と共に歩くことは初めてだった。彼の鼓動は高鳴っていた。
歩き出すとすぐに、周囲を山に囲まれた湖が見え始めた。それは、浅野の予想を上回る規模の湖らしい。
桟橋にボートが係留してあった。浅野が先に乗り込んだ。浅野に手を握られたまま、美絵があとから乗った。彼女はバランスを失いかけたが、浅野が抱きかかえて窮地を救った。浅野は叫びたい程の歓喜を覚えた。
「こうして見ると夕焼けが凄いね。感動的にきれいだね」
ボートを漕ぎながら浅野が大きな声で云った。夕焼けに自分の声が吸い取られてゆくような気がしたからだった。
「本当ね。上も下も紅いのね。夢をみているようだわ」
二人は先程からずっと笑顔のままだった。
「今日はずっと夢をみているようだよ。この夕日も凄いけど、あの大きな別荘も半端じゃないね」
「あれは、父が二十年前に建てたのよ。あんなに大きいのに平屋だから、意外にお部屋の数は少ないの」
「その代わりにどの部屋も広いんだね」
「そういうことね」
作品名:出会いは衝撃的に(前半) 作家名:マナーモード