出会いは衝撃的に(前半)
夕暮れがせまっていた。漸く高速道路を出た車は、樹林の中のカーブと傾斜の多い道を走っている。窓を開けるとひんやりとしたいい香りの風が舞い込んできた。ひぐらしだろうか。寂しい響きの声も耳に届いた。連日の暑さに嫌気がさしていた今年の夏も、間もなく去ってゆくのだと思うと名残惜しい気持ちにもなるもので、人間の感情とは随分身勝手なものだと思う。それを浅野が口にすると、
「そうなのよね。浅野さんの治療がおわったことを知ったとき、わたし、焦ったのよね」
「焦った?でも、患者さんはたくさん通っていたんじゃない?」
「そうだけど、実はね、わたし、浅野さんのタクシーを探したのよね、この前」
「タクシーなんて何万台も走っているのに、よくあんなところで発見できたもんだね」
「でも、浅野さんのタクシーはいつも目黒駅に居たでしょ。それに、あそこで、高速道路の下のあのタクシーが休憩するところでよく寝てたから……」
それは事実だった。浅野が休憩する場所といえば、数箇所に限られていたし、駅付で客待ちをするのも目黒駅か品川駅が殆どだった。最初は中目黒や五反田、大井町、大崎でも並んでいたが、質の悪い客が比較的少ないというのでほぼ目黒駅専門になってしまった感がある。
景気が今ほど悪くなる前は、目黒から上尾までの長距離の客を乗せたこともあったらしい。ほかに、茅ヶ崎や、東金、高尾、横須賀、渋沢、田無、府中にも行ったと、先輩ドライバーたちは口々に云っていた。そういう話は徹夜明けの朝に聞かされていて、思い出せばきりがない。
作品名:出会いは衝撃的に(前半) 作家名:マナーモード