われてもすえに…
「これをか? 『瀬をはやみ岩にせかるる滝川の』……」
政信が読み終わると、男の声が下の句を継いだ。
「『われても末に逢わんとぞおもう』」
聞き覚えのある懐かしい声が、政信の耳に入ってきた。
彼は、はやる気持ちを抑え、聞いた。
「誰だ?」
返事は返ってこなかった。
そこで政信は、廊下に出た。
すると、すぐ横に手をついて頭を下げる男が居た。
「……お前は?」
声を掛けられた男は顔を上げて言った。
「殿、その和歌の真意、やっとわかりました」
その顔を見た政信は震える声で呟いた。
「……良鷹か?」
「はっ。殿との約束を果たすため戻って参りました」
小太郎は笑顔で主の顔を見た。
すると政信はその場に跪き、小太郎を思いっきり抱きしめた。
「……会いたかった。……やっと会えた。良鷹だ!」
その抱擁は、別れた時のように力強かった。
互いに嬉しい再会だったが、政信の力が強すぎた。
「殿、かなり、苦しいのですが……」
部屋に戻り、小姓二人と若様二人だけで談笑し始めた。
三人とも上機嫌だった。
「良鷹、良い男になったな!」
「ありがとうございます。やっと本当の十八になりました」
「俺らも十八に戻りたい。な? 喜一朗」
「はい」
「おっと、もっとしゃべりたいところだが、どうやら茶会の刻限らしい。ばあさんが睨んでる」
小姓二人が振り向くと、相変わらず怖い侍女の浮船が本当に彼らを睨んでいた。
二人は首をすくめたあと、退出の準備をし始めた。
しかし、小太郎には言い残したことがあった。
何よりも大事なことだった。
「殿、申しておきたいことがございます。よろしいですか?」
「なんだ?」
小太郎はすぐに身形をただし、深々と頭を下げた。
そしてよく通る声ではっきりと言った。
「本日よりこの瀬川小太郎良鷹、殿に身命を賭してお仕えする事を誓います」
政信は笑みを浮かべた、そして喜一朗を見た。
彼もうれしそうに笑った。
政信は小太郎に返した。
「……その言葉、信じて良いな?」
嬉しそうな声に、小太郎も笑顔になった。
迷いは一切なかった。
顔をあげて、大きな声で言った。
「はっ! 命有る限り、殿のお側を決して離れませぬ!」
この言葉に、政信が一番喜んだ。
そして突拍子もないことを言った。
「よく言った! 祝いに酒盛りだ! 今すぐ酒を持て!」
しかし、それをすぐさま止めるものが居た。
喜一朗だった。
「いけません! 今から茶会です! 重臣、御親戚一同が集まる大事な席です! 酒などもってのほか!」
水を差された政信は舌打ちした。
「ちっ。クソ真面目が。良鷹、この石頭を説得しろ。茶会なんかクソくらえだ!」
しかし、小太郎は完全に主に従いはしなかった。
「喜一朗殿、茶会が終わってからならば良いでしょう?」
「まぁ、それならな……」
喜一朗の説得をした後、彼は主に釘をさした。
「殿、茶会の主人は仕事ですのでしっかりお願いします」
「わかったよ……」
「とにかく、仕事が終わったら、三人で朝まで飲みましょう!」
そう言った小太郎に、政信はニヤリとして言った。
「おっ。酒飲めるようになったか?」
「はい。結構いけますよ」
すると、隣で聞いていた喜一朗に彼は脅された。
「そんなこと言うと殿は容赦なさらないぞ。俺が何回つぶされたか……。何度記憶を無くしたか……」
小太郎は義兄の恐ろしい話に驚いた。
「え!? 殿、やはり飲み会はまたにしましょう。まだ私は十八の若造ですので……」
「いいや、ダメだ! 今夜は朝まで飲む!」
主従三人は約束どおり再び集まった。