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われてもすえに…

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「ごめんなさい。でも、今は大きいからいいじゃない。そういう風になりたかったんでしょ?」

「まぁ……」

 細く小さく、身体が強くなかった小太郎は大きく、強くなりたいと思っていた。
十七歳の今、以前変身させられた十八歳の姿とほぼ同じだった。
 背は同年の友人たちの中でも大きい方。身体も武芸で鍛えたおかげで風邪などひかなくなっていた。

 絢女は弟の見た目の変化よりも、内面の変化に敏感だった。
近頃浮かない顔の弟に助言した。

「でもね、もうちょっと心にゆとりを持ちなさい。あなた、今年に入ってからどんどん堅くなってるわ」

「……そうですか?」

「えぇ。お友達も心配してるんじゃない?」

 しばらく絢女と話し、すこし不安が和らいだ小太郎に、嬉しい知らせが入ってきた。

「そういえば、旦那さまが明日帰ってくるの。あの子に名前付けてくれるそうよ」

「それは良かった」

「貴方にお話もあるそうよ。時間を作っておきなさい」


 次の日、喜一朗は国に戻ってきた。
旅装のまま、瀬川家に立ち寄り、絢女に会った。
 彼女の労をねぎらい、息子を抱っこし、長男らしい名前を彼に付けた。
そしてその晩、小太郎と二人きりで話した。

「年が明けたら、約束の八年になる」

「はい」

「殿の元に行くよな?」

 当然の口ぶりで喜一朗は言うと、小太郎の返事を求めた。
しかし、小太郎は渋った。

「……そのことですが」

「どうした?」

 尊敬する義兄に、小太郎は打ち明けた。

「……その、悩んでるんです。私は、本当に殿の求める『良鷹』なのか」


 すべて話し終わると、彼からこう返ってきた。

「確かにお前は変わった。だがな、悪い意味じゃない。いい意味でだ」

「それは?」

「学問も武芸もしっかり身に付いている。話し方も態度も立派になった。堂々としてきた」

「しかし……」

 小太郎はまだ悶々とした。
それに喜一朗は感付いた。

「……堅苦しくなった。って言いたいのか?」

「……はい」

 喜一朗は思うところを正直に言った。

「たしかに、そうかもしれん。だが、それは本当のお前じゃない」

「そうですか?」

「今の自分以上を求めようとするから、おかしくなるんだ。もっと気を抜け。柔らかくなれ。できるはずだ」

「そう言われましても……」

 出来そうもない。
そう言いたくなったが、口をつぐんでいた。
 すると、喜一朗は小太郎の顔を見て笑って言った。

「これは俺が殿に言われたことだ。後から聞いたが、それはお前が殿に言ったそうじゃないか。覚えてないか?」

 小太郎は意外な話に驚いた。

「俺が小姓になりたてで首にされそうになった時、お前が殿にそう言ったらしい。それで殿は俺に助言してくれた。だから俺はいま殿の側にいる。だから、お前が出来ないわけがない」

 小太郎はうっすらとそのことを思い出していた。
そして自分は眼の前の義兄十八歳のときと同じような状態に陥っていることに気が付いた。
 自分をよく見せよう、期待にこたえよう。そうやって自分を偽ろうとしていた。 
 友と遊ぶことを止め、クソ真面目になりすぎていた。
 しかし、いったんやってしまったこの『偽装』をやめ、本来の自分を取り戻せるのかという不安に駆られた。
 そんな彼を、喜一朗は元気づけた。

「心配するな。殿は素のお前を必ず受け入れてくれる」

 優しい彼の言葉に少し安心した小太郎は、喜一朗に言った。

「……義兄上、少し時間をください。本当の自分を取り戻したら、返事をします」

「わかった。いい返事を待ってるからな」


 数日後、一日暇だった小太郎は一人釣りに出かけた。
 これは姉の助言だった。

『たまには本と武具以外を持ちなさい。』

 そう言われ考えた末、『釣り道具』を引っ張りだした。
 そしてかつてよく遊んだ川に向かった。
 そこでは今でも子どもたちが元気よく遊んでいた。
 彼等を遠目に眺め、川辺に腰を下ろし、釣り糸を垂らした。

 ボーっとああでもない、こうでもない、といろいろ考えていると、人の気配がした。
その者は一言聞いた。

「どうです? 釣れますか?」

「いえ、まだですね」

 適当に返すと、突然肩をたたかれた。
そしてからかい口調で言われた。

「へたっぴになったな。小太郎」

「え?」

 振り向くと、それは総治郎だった。
彼の後ろには気まずそうに、ちぎった草を弄ぶ勝五郎が居た。

「どうしたんだ? 二人して」

 すると、総治郎は勝五郎を引っ張り、小太郎の前に押しやった。
彼は眼を逸らしながら、ぼそぼそ言った。

「……お前に謝りに行ったら、母上様にここだって聞いてさ」

「え?」

 次の瞬間、勝五郎は頭を下げていた。

「この前は悪かった。言いすぎた。許してくれ!」

 そんな彼に驚いた小太郎だったが、すぐにほほ笑んだ。

「もう良いよ。気にするな」

「悪いな……」

「それより、釣りしないか? ……あ、道具ないか?」

 友達二人は笑顔で言った。

「いいや、持ってきた!」


 その日は三人とも子どもに戻り、川で釣りに興じた。
 しかし、知らないうちに、道具はお払い箱に。
彼らは冷たい川に入って素手で魚を掴む遊びに変更していた。
 三人があまりに騒ぐので、近くの子どもたちも面白がって寄ってきて一緒になって遊んでいた。
 武家も百姓も関係なくワイワイやっていた。

「小太郎! そっちにでかいの行ったぞ!」

 勝五郎が指差した。

「どこ!?」

 小太郎は探したが見つからなかった。

「兄ちゃん、そこ!」

 男の子が目ざとく見つけ小太郎に教えた。

「そう、そこだ! 足の下!」

 総治郎も眼で魚を追っていた。
そして小太郎はやっと皆のいう『でかい魚』を捕まえた。

「これか!?」

 掴んだ魚を引き上げると歓声が上がった。
しかし、一人だけ不満を漏らした。
 総治郎だった。

「げっ。ウナギかよ……」

「え? 嫌なの? 焼くと旨いのに」
 
 小太郎は不思議がってウナギを持ったまま言った。
すると、それを突いて勝五郎も言った。

「肝吸いもいけるよな」
 
 傍で見ていた女の子はこんなことを言った。

「肝の串焼きおいしいよ!」

「おじょうちゃん、なかなか通だな」

「そう?」

 ヌルヌルするウナギと格闘しながら、小太郎は良いことを思いついた。
みんなで取ったウナギ、一人占めはイヤだった。

「これ、みんなで分けようか?」

 歓声が上がったが、一人だけ文句を言った。

「俺は要らん!」

 その後、数匹魚を素手で取り、ウナギも二匹捕まった。
皆で仲良く分配し、それぞれ別れた。
 男三人はその後も一緒に行動していたが、突然勝五郎は小太郎と肩を組んだ。
そして嬉しそうに言った。

「小太郎、楽しかったな!」

「あぁ。またやりたいな」

 すると、勝五郎は少し涙声になった。

「……やっと昔の小太郎に戻った」

「え?」

 驚いた小太郎が見ると、勝五郎は眼を乱暴に拭い、笑って言った。

「……やっぱりそのお前が好きだ。最近おかしかったからな」

「……そう?」
作品名:われてもすえに… 作家名:喜世