われてもすえに…
「申し遅れましたが、呼び捨てでお願いします。貴方さまは我が主」
初対面の時とは違う彼女に驚いた政信だったが、彼女を侍女として扱うことにした。
「なら、真菜。俺の事、姫さんには言わないでほしいんだが」
「藤次郎の、正体をですか?」
意外な言葉に、真菜は驚いていた。
言えば蛍子は苦痛から解放される。そう考えていた。
隠す理由が解らなかった。
「なぜですか?」
率直に疑問を投げかけると、政信から気弱な返事が返ってきた。
「……怖いんだ」
「……どういうことです?」
「……姫さん、藤次郎となら話してくれたし、会ってくれた。……でも、一度も笑ってくれなかった。
そんな俺が政信だってわかったら時の反応が怖い。騙してたって怒るかもしれない……。すまん、話してるうちにわけがわからなくなってきた」
恋愛に不慣れな若い男を目の前に、大人な真菜は聞いた。
「要は、姫さまの心が解らず不安なのですか?」
「あぁ。そうだ。そういうことだ」
的確な真菜の要約に、政信の顔は少し晴れた。
そんな彼に、真菜は確認することに決めた。
「若君は、姫さまのことをどうお考えですか?」
「俺は、姫さんが好きだ。……姫さんに好かれたい。俺の想いを受け取って欲しい」
少し照れくさそうに言う彼を見た真菜はほほ笑んだ。
まだ完全に大人になってはいない若い次期藩主に好感を覚えた。さらに、主とその夫となる男が共に想い合っている事に安堵した。
再び、一刻も早く主に事の次第を報告したくなったが、第二の主の懇願に従うことにした。
「若君、安心してください。姫さまは貴方さまを拒むことはありません。お約束します」
「……そうか?」
「はい。その代わり、と言ってはなんですが、お願いがございます」
真菜は再び畳に手をついた。
「なんだ?」
「姫さまは『政信』様を本当に恐れております。毎晩寝付けないほどでございます。祝言当日、無理だけはなされませぬようお願い申し上げます」
そう言いきって、真菜は頭を下げた。
主を守るため、できる最大限の配慮だった。
「……わかった。心配無用だ。姫さんをよろしく。では……」
真菜が頭を下げている間に、政信は部屋を後にした。
部屋には一人真菜だけが残された。
ホッと息を吐き、いざ自分も職場に帰ろうと立ち上がろうとした。
しかし、すぐさまへなへなと腰を抜かしていた。
日ごろの疲れがどっと彼女の身体に現われていた。
心配事が無くなり、安心しきって身体に力が入らなかった。
「若君が、藤次郎……。よかった……。不義密通ではない……」
主が想う男は、将来の夫だった。
刺し違えてでも、消そうと思っていたその男が自分の主の夫になる男だった。
ふと思い立ち、懐に入れていた懐剣を触った。
冷たい鞘の感触が彼女の指に伝わった。
それを抜き払って使うと決めつけていたので、袋には入っていなかった。
自身の過激な考えを恥じ、自嘲した。
そして気持ちを切り替え、主の元へと帰ることにした。
「姫さま。ご安心ください。必ずや藤次郎と会えますので……」