われてもすえに…
「……良く見ると父上に似てるわ。あなたやっぱり小太郎ね」
少しさびしそうな母が気になった小太郎は、ちょっと大人ぶって、話してみた。
「母上、父上が留守の間、私が家を守ります。御心配は無用にございます」
「……」
初音は再び目を丸くしていた。
「どうしました?」
すると突然、よよと泣きだした。
「一晩でこんなになってしまって……。あんなに小さくて可愛かったのに……」
「泣かないでよ!何で泣くの!?ねぇ母上!」
「やっぱり中身は一緒だわ……。お子様ね」
ぴたりと泣くのをやめそうつぶやいた母に小太郎はムッとした。
「子どもじゃない!」
「はいはい。ゆっくり大人になりなさい。さぁ、朝御飯にしましょ」
息子の異変で、家中が混乱することを恐れた初音は、小太郎を自分の部屋にひとまず隔離した。そこで彼に朝餉を摂らせたが、普段ではありえない速さで平らげて行った。
「おかわり!」
「……まぁ、良く食べるわね。これで三杯目よ」
「なんか、お腹減っちゃって」
「普段からこれくらい食べなさい」
「……はい」
その後、初音はひたすら考えた。
どうして息子の姿が違うのか、いったいなにがどうなったのか、元通りの姿に戻るのか、明日からどうするのか、悩んだ。
下男、下女たちへの説明が要る。
この場にいない、姉の絢女にも話さなければいけない。
学問所、道場はどうするのか。
たくさんありすぎておかしくなりそうだった。
母が悩む姿を目の前にして、小太郎は居たたまれなくなった。
慰めようと思ったが、なんと言っていいか分からない。
ひとまず謝ろうと、口を開いた矢先、何者かに遮られた。
「申し訳ありませんが、水を一杯所望できませんかな?」
それは托鉢の僧侶だった。
初音と小太郎のいる部屋に面した庭に彼は立っていた。
なぜ屋敷の庭にいるのか、どこから入って来たのか、全くわからなかったが、初音はなにも咎めず、水を差し出した。
僧侶はうまそうに飲みほすと、礼を言った。
「ありがとうございます。生き返りました」
「いえ。どういたしまして」
僧侶は、初音の浮かない様子に気がついたようだった。
「時に、奥様、お悩みのようですが。占って差し上げましょうかな?」
「……占い?」
「はい。良く当たりますぞ」
「……では、お願いしましょうか」
しばらく、手を見たり、何の関係もない世間話をしていた僧侶は初音の悩みを言い当てた。
「奥様の悩みは、そちらの殿方ですな?」
「はい。そうでございます。いったい何がどうなっているのかさっぱり分からなくて……」
「では、眼を瞑りなさい。そちらのお若いのも」
二人が眼を瞑ると、暗いはずの目の前がなぜか明るくなった。
そして、眼に僧侶の姿が映った。しかし、すぐに彼は高貴な老人の姿に変わった。
ぼんやりとだが、二人の耳にその老人の声が聞こえてきた。
『……そなたの息子は、ワシが成長させた。まぎれもなく、その男はそなた、初音の息子じゃ。』
「なぜですか?」
『……その小太郎の望みを叶えるため。また、ある目的のためでもある。しばらくはその姿で生活してもらおう。……ちなみにそれは十八の姿じゃ。』
「十八ですか……。あの、息子は、いつ元に戻りますでしょうか?」
『……そなたの夫、良武が戻った時に元の子どもに戻る。そう心配はするな。ワシがついておるでの。』
「はい」
『小太郎、五日後、約束通り町へ行くのじゃ。よいな?』
「はい」
『では。眼を開けてもよいぞ。』
二人は、言われるまま眼を開けた。
眼の前にいたはずの僧侶は影も形もなくなっていた。
「あれ?夢かしら?」
「ううん。湯のみがある」
「ほんとだわ……。いったいあの人は誰なのかしら」
「……昨日、俺が見た夢の中で言ってたけど、この国を守る神様だって」
「そう……。そんな高貴な方……」
「母上、さっきのこと、信じる?」
「えぇ。信じるわ。……あなた、十八になったのね。身体だけ」
「だね。姉上より歳だ」
「あら、本当。一つ上のお兄ちゃん。おかしいわね」
「……母上、元気になったね」
「そう?……さあ、姉上が返ってくるまでに、家の人たちにあなたのこと説明しないとね。行くわよ」
「はい……」
吉右衛門に召集をかけさせ、居間に下男下女全員が集まった。
「まずは、今朝の騒動、迷惑をかけました。仁助と太吉には特に」
「いえ、私どもなどにお気を使わせてしまい大変申し訳ありません」
二人の若い下男は、恐縮した。
「奥様をお守りできず……。精進が足りませんでした」
「奥様、あの男はいったい何者だったのですか?」
「あの男は、無害です。信じてもらえないかもしれませんが、小太郎でした」
「え?」
「小太郎、来なさい」
「はい……」
初音が小太郎を隣に座らせると、驚きの声が起こった。
「今朝の侵入者!」
「本当に若なのですか?」
「小太郎さま?」
皆の反応に怖気ずく息子を初音が急かした。
「さぁ、挨拶は?」
「……皆さん、今朝は、迷惑をおかけしました。寝坊もしてしまって、朝ごはん変な時間に作らせちゃって、ごめんなさい。こんな姿ですが、俺、あっ、私は小太郎です」
一生懸命、姿に合わせて、慣れない大人の言葉を使おうと奮闘している様に、皆はほほ笑んだ。
「……やっぱり、若だ」
「……小太郎さまに違いない」
皆の反応が良かったことで、初音は安心した。
そこで、今後の対策を告げることに決めた。
「夫が戻るまで、この姿、十八歳の姿です。家の外での混乱を避けるため、この子を名で呼ぶ時は諱《いみな》の『良鷹《よしたか》』と呼ぶように」
「はい」
「学問所と、道場ですが、通えないので家の事情ということで休ませます。
その間、わたしが学問を教えるつもりですが、武術は若い者に頼みたいと思いますが、いかが?」
そう、提案するとやる気がある者が挙手した。
それは朝、小太郎に吹っ飛ばされた若い下男だった。
「私が引き受けます!」
「ありがとう、仁助。ビシビシ鍛えてくださいね」
「はい。お任せを!若を一人前の男にして見せます!」
小太郎はこっそり仁助に頼みごとをした。
「……仁助、手加減してね」
「はい。わかってます」
ほっとした小太郎は、一同を見渡すと、一人泣いている者に気がついた。
それは、吉右衛門だった。
どうしても気に掛ったので、一同が解散してから話を聞きに行った。
今までより、小さく、より歳をとってしまったように見える彼が心配だった。
「爺、どうしたの?」
「あ、若」
「……なんで泣いてたの?」
「うれしゅうございました。若の立派な姿が見られて、本当に……」
「どういうこと?」
「……私はもう長くはありません。あの世に行く前に若のその姿が見られまして、冥途の土産ができました」
「死ぬなんて言わないで。まだまだだよ。元気で頑張ってよ」
「ありがとうございます。……やはり若はお優しい。必ずや良いご当主におなりください」
「がんばるね。だから爺もがんばるの!いい?」
「はい」